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「nWo」創始者エリック・ビショフ氏が明かす新日本プロレスとの秘話〈4〉…nWo結成と新日本との交渉

4/13(土) 12:05配信

スポーツ報知

◆WCW現場責任者

 1990年代に米国で「WWE」と並ぶプロレス団体「WCW」の現場責任者で副社長だったエリック・ビショフ氏(63)がこのほど、来日しスポーツ報知の取材に応じた。ビショフ氏は、90年代に新日本プロレスと提携し96年に日米のマット界を股にかけたユニット「nWo」で一大旋風を起こした。新日本との提携では、当時の渉外担当で昨年7月14日に75歳で亡くなったマサ斎藤さんと協力し、新日本のドームツアーの成功にも尽力した。「Web報知」では、ビショフ氏に当時の秘話とこれからのプロレス界の進む道を連載します。4回目は、「nWo」。

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◆nWo結成

 ビショフ氏は、1996年に新しいヒールユニット「New World Order」を産み出した。

 「WWFとの戦いに勝ち抜くための、強いインパクトが欲しかった。それも大衆が信じる何か強いショックが必要だと考えていました」

 当時、WCWは、ビンス・マクマホン・ジュニア率いる「WWF」(現WWE)と激しい興行戦争を展開していた。テレビ視聴率を含めてライバル団体を制圧するため、ビショフは新たな発想を巡らせ、「nWo」の結成を決断した。軸になった選手は、WWFから引き抜いたケビン・ナッシュとスコット・ホールに加え、ハルク・ホーガンの3人。中でもリアルアメリカンヒーローだったホーガンのヒールターンは、ファンに大きな衝撃を与えた。

 新ユニット「nWo」は、96年7月7日、フロリダ州デイトナビーチのオーシャンセンターで行われた「バッシュ・アット・ザ・ビーチ」。ホーガンがナッシュ、ホールと合体しリング上で「これが、New World Orderだ」と宣言して正式に誕生した。

 以後、WCWは「nWo」を中心に展開し、興行、さらにテレビ視聴率でも83週間連続でPPVの視聴者数1位を獲得するなどWWFを圧倒するムーブメントを起こした。この動きに興味を示したのが、新日本プロレスの蝶野正洋だった。蝶野は、渉外担当部長だったマサ斎藤に相談し96年12月16日にフロリダ州ペンサンコーラで行われたWCWの会場を視察した。

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最終更新:4/13(土) 14:50
スポーツ報知

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