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奇想天外な石が出てきては「私」を翻弄。おかしさや恐ろしさが積み重ねられるその先へ、未知の場がふと顔をのぞかせる―田辺 青蛙『人魚の石』蜂飼 耳による書評

4/14(日) 7:00配信

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◆積み重なるおかしさ恐ろしさ

田舎の山寺へ「私」は移り住む。そこを一人で守っていた祖母の死後、継ぐ気になった。子供の頃、山と寺で過ごした思い出が「私」を動かす。「私」を「坊っちゃん」と呼ぶ徳じいは、昔から寺のことをよく知っていて、土地の変化を語ったり、何かと「私」の世話を焼いたりする。

そんなふうに田辺青蛙のこの小説は始まるのだが、池の水を抜いたところ、底に思いがけないものを発見する。白い大きな石かと思ったものは、なんと真っ白な男だ。白い男は人魚だという。「私」の祖父母のことを知っている。長い間、池の水の底で寝ていた。

幽霊を閉じこめられる石、記憶を消したり与えたりできる石、魚が入っている石、天狗(てんぐ)の石、入れ目になる目玉の石。奇想天外な石が出てきては「私」を翻弄(ほんろう)する。「私」の家系の者は石の音を聞く力を持っている。見つけられたいとき、石は音を立てる。それに従って、山の中で石を探し当てることができる。

ファンタジックな作風だが、宇治や滋賀など現実にある地名が出てきたり、エゴや欲について掘り下げて書かれる箇所があったり、殺人が起きたり、いわゆるホラーの手法も取り混ぜられていて、ときどき、どきりとさせられる。作者好みの多様な要素が集められ、並べられ、ある意味でジャンル分けを越えた自在な場を成立させているところに、本書の魅力がある。

具体的な描写や、一見さりげない感じで挟まれた一文に、引き止められる瞬間が楽しい。たとえば茄子(なす)について。「徳じいに分けて貰(もら)ったぬか床に入れて、ぬか漬けにし、残りは味噌汁(みそしる)に入れたり、焼き茄子にして食べよう」という一文の、簡潔で温かい感触。

また山の中での一瞬の出来事。「はてっと思い、辺りを見回すと、天狗が簡易コンロに鍋を載せて天ぷらを揚げていた」。おかしさや恐ろしさが積み重ねられるその先へ、未知の場がふと顔をのぞかせる。

[書き手] 蜂飼 耳
詩人。1974年、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了(専攻は上代文学)。詩集に、『現代詩文庫・蜂飼耳詩集』『いまにもうるおっていく陣地』『食うものは食われる夜』『隠す葉』『顔をあらう水』。文集に、『孔雀の羽の目がみてる』『空を引き寄せる石』『秘密のおこない』『空席日誌』『おいしそうな草』。小説に、『紅水晶』『転身』など。絵本に、『うきわねこ』(絵/牧野千穂)『ふくろうのオカリナ』(絵/竹上妙)など。童話集に、『のろのろひつじとせかせかひつじ』などがある。

朝日新聞 2018年1月7日掲載

蜂飼 耳

最終更新:4/14(日) 7:00
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