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【「平成」と乗りもの】規制だらけ、競争ナシだった日本の空にLCCが羽ばたくまで 次なる課題も

4/14(日) 10:06配信

乗りものニュース

「価格競争」のスタートラインに立った平成元年

 日本の空における平成30年間をあえて一言で凝縮すれば、「規制の時代が過ぎ去り、競争の時代が確立された時期」といえるでしょう。

【路線図】日本のLCC各社の就航地 アジア各地へも

 昭和が終わる前の15年間は、国によって3つの航空会社がガチガチに事業分野を決められていました(いわゆる「45-47体制」)。ざっくりと、次のように分けることができます。

・JAL(日本航空):国際線と国内幹線
・ANA(全日空):国内幹線とローカル線、近距離国際チャーター
・東亜国内航空(のちのJAS〔日本エアシステム〕):国内ローカル線(将来的に国内幹線)

 このなかで、いかに自分の権益を広げるかに各社が躍起となっており、ANAは少しでも長い距離の国際チャーターであるハワイを目指す一方、JALは香港線の中継地であった鹿児島~成田間の空席を埋めるだけという理屈で、ANAの領域である国内主要ローカル線への参入を狙うなどしました。「フィルアップライト」なる言葉が使われ、その認可を巡って国とANAがやりあったものですが、いまでは死語になっています。

 このような規制によって、航空会社に対する利用者の選択の幅はないに等しく、また航空運賃も全社単一、すなわち航空会社コストを積み上げて4~5%のマージンを乗せたものを運輸省が認可する方式となっており、誰が運航していても国内航空運賃は同じだったのです。「一物一価の法則」は完全競争のもとでの経済理論(自由競争下において最終的に価格はひとつに帰結する、とするもの)ですが、皮肉なことに当時の完全規制下(非競争)の航空業界でも(政府の管理によって)そうでした。このような環境では、消費者が「競争の利益=安い価格」を享受することはできないのも道理です。

 他方、1989(平成元)年は航空運賃の10%部分を占めていた「通行税」(ぜいたく税といわれ、鉄道のグリーン車やA寝台車にも課税されていた)が、消費税3%導入にあわせて廃止された年で、消費者が多少なりとも航空運賃の値下げで飛行機を身近に感じ始めたスタートラインという見方もできます。平成の終わりとともに、その消費税が10%になり元の鞘に収まるのは皮肉ではあるのですが。

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