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フェラーリV12エンジンを積んだ1950年代風GTカーとは?

4/15(月) 11:39配信

octane.jp

簡単にいってしまえば、この車は伝統のフェラーリ・エンジンと独特のスタイル、そして現代的な使いやすさを兼ね備えた1950年代風のGTだ。それだけではよく分からないという人のために、もう少し詳しく説明したい。

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オークランドの港近くの踏切で大きく跳ねた車は、濃いブルーのフロントエンジンクーペである。1950年代のマセラティを思わせるスラリとしたエレガントな車が埠頭に向かって加速すると、フェラーリ250GTOと同じスペックのV12エンジンの咆哮がインターステーツ80 号線の橋脚にこだました。あっという間に過ぎ去るそれらは、まるでイタリアのローマ街道に点在する小さな村々のようにも見えた。

この車の名は"ガット"という。カリフォルニア州オークランドにあるスティーブ・モールの高名なホットロッド・ショップが、モデナのカロッツェリアの過去の傑作に敬意を払いながら作り出した完全オーダーメイドのスペシャルである。それは何かの"レプリカ" ではなく、情熱を注ぐものには出し惜しみをしないエンスージアストが発案した21世紀の新しいジャンルの車である。懐かしいスタイルとともに現代的な快適性を持つ車は、1960年代の名車では埋められない"隙間" を塞いでくれるはずである。

この稀有なクーペがオーナーに引き渡される直前の最終チェック、いわゆるシェイクダウンテストに同行しないかという誘いを受けた私は、念のため前泊したモーテルを早めに出発したが、韓国食品店や板金工場が並ぶイースト12ストリート地区はまるで迷路のよう。ウロウロと迷いながらも何とかたどり着いた先が、看板も掲げていないモール・コーチビルダーズの工場だった。

カメラバッグを引きずりながら工場内に歩み入った私は、競走馬のように前だけを見るよう心掛けた。というのも、次々に現れる作業ベイでは、黒いTシャツを着てベースボールキャップをかぶった男たちが、素晴らしいアメリカン・カスタムカーに黙々と取り組んでおり、そちらにフラフラと吸い寄せられてしまいそうだったからだ。

一番奥のスペースでは見事なGTカーが、そ新車の"50s"GTの由緒正しいエンジンを暖機していた。パトリック・オーティスが組み上げた3リッターV12エンジンは300bhpの最高出力を発生するという。スティーブの息子のマイケルが、ゲットーのような地区へ迷い込まずに工場までよくたどり着いたものだと褒めてくれた後、手早く車について説明してくれた。時には強烈過ぎるカリフォルニアの陽光はありがたいことに雲に遮られており、ディテールを撮影するには理想的なコンディションだった。しかもその車は魅力的なディテールに文字通りあふれていた。

熱狂的なエンスージアストであるビル・グリムズリーの"ガット計画"は、申し分のないドライバビリティとスタイリング、最新のシャシーをまったくの白紙から作り出そうというものだった。彼はまた細部についても徹底的にこだわった。たとえばドアハンドルはピニンファリーナの造形のように指に吸い付くもので、巨大な黒いイエガーのアナログメーターはダイヤモンドパターンの磨き上げられたアルミパネルに据えられている。もちろんホイールはボラーニのクロームスポーク、それに6.00×16サイズのミシュランを履く。

モール・コーチビルダーズのクラフツマンは、ウィンドーフレームや大きなフューエルフィラーなど、無数の"ワンオフ" パーツを細心の注意を払って作り出した。燃料フィラーが取り付けられた15ガロン(約57リッター)入りの燃料タンクは、簡素でスパルタンなトランクの中できらりと光っていたが、それはまるでミッレミリアに出場するコンペティションモデルのようだった。それに比べればサイドベントはドイツ風と言えるかもしれない。おそらくはメルセデス・ベンツ300SLに着想を得たのだろうか?

2トーンのレザーバケットシートに座り、TVRのように大きなセンタートンネルの上に肘を置く。コンペティション志向は一貫しており、センタートンネルにも毛足の長いカーペットなどは貼られず、リベット留めされたポリッシュ仕上げのアルミニウムパネルが剥き出しになっている。ドリルホールを穿たれたペダルの周りはヒール&トゥを行うに十分なスペースがあり、カスタムメイドのウッドリム・ステアリングホイールは、乗り降りしやすいようにリムの下部がフラットな形状に作られている。ステアリングホイール越しの前方視界も良好だ。

ボンネットを開けると、整列したウェバーの吸気トランペットが現れる。それはフェラーリ250GTOと同様のスペックを持つエンジンの黒い結晶塗装のカムカバーの上に、12個並んで輝いていた。キャブレターを挟むように伸びたV字型のチューブラーフレームは、フロント周りの剛性アップに効果を発揮するという。エンジンベイはアルミニウムパネルで仕上げられており、左側のホイールアーチの上には「モール・シャシー12435」と刻まれた誇らしげなマニュファクチュアラー・プレートが取り付けられている。

一旦少し離れて、改めてそのプロポーションを眺めてみる。ヌッチオ・ベルトーネか、あるいはジョルジェット・ジウジアーロが私の肩越しに眺めていたら、彼らもうなずいてくれると思う。ガットはコンピューターの画面上でデザインされたものではなく、伝統的な手法で描かれた。板金職人のジミー・キルロイはモールが描いたスケッチからまず樹脂モデルを削り出し、各部のラインを入念に手直しした後にワイヤモデルを作成したのだという。私はザガートを真似たダブルバブル・ルーフの処理がとりわけ気に入った。

これと並行してマイケル・アーノルドの協力の下でロータス風のシャシーが設計された。接着剤とリベット留めを併用して製作された強固なバックボーンには、Y字型のサブフレームが取り付けられ、それが4 輪独立サスペンションを支える。丹念に成形されたキルロイのアルミニウムパネルは、いわゆるスーパーレッジェラ工法で取り付けられている。残念なのは、このような素晴らしく芸術的な仕事が外からはほとんど見えないということだ。

96インチ(約2431㎜)のホイールベースと58インチ(約1470㎜)のフロントトレッドを持つガットは、現代のイタリア製ミドシップカーと比べてもかなりコンパクトであり、またエアコンディショナーなどの快適装備を備えているにもかかわらず、車重はわずか1043㎏にすぎない。

オーナーのビル・グリムズレイはボルドー色のフェラーリ458イタリアに乗って姿を見せた。もっとも、彼はシェイクダウンが完全に終わるまで自分ではステアリングを握らないという。

「キーを回して家に乗って帰るのは完全に仕上がった自動車と決めている。だから今はスティーブにすべて任せているんだ」

1960年代のフェラーリやマセラティのクーペを心から愛するビルだが、ヒストリックモデルを完璧にレストアしたとしても、地元カリフォルニアのフリーウェイや山道を安心して運転できるものではないことに満たされぬ思いを抱いていたという。

イタリア語で"猫" を意味するガット・プロジェクトのアイディアはそこから生まれた。
「素晴らしいブレーキが欲しいし、エアコンディショナーも必要だ。リビルトされた1960年代のフェラーリV12エンジンと滑らかな5 段ギアボックスを組み合わせれば、高い信頼性を持つ高性能GTカーができるはずだ」

3年計画のこのプロジェクトは完成を目前にしている。だがサンフランシスコのベイブリッジを渡って自宅へ運転して帰るまで、ビルはもう数週間だけ待たなければならない。

きちんと整理整頓されたすべての作業ベイに、製作中あるいはレストア中のホットロッドやクラシックカーが入り混じって入庫しているモールのワークショップの中は、クルマ好きにとってはまさに宝物庫のようなものだ。スティーブ・モールはクラフツマン一家の4代目に当たり、今も息子とともにファミリービジネスを守っている。現代のよう
な大量生産の時代に、そして貴重な職人技が次々と消えてゆく時代に、伝統的な手法でこのような車を作り出すことのできるクラフツマンのチームが存在するのは、実に信じがたいことである。

私たちはドックランド・ストリートの道路工事を避けて遠回りして埠頭に向かった。ガットの優雅なラインは無骨なバンパーに守られてはおらず、ウィンドスクリーンもワンオフの一品もの、それゆえ十分に注意して進んだ。途中ですれ違ったピックアップ・トラックや18 輪トレーラーに乗るドライバーや作業員たちは、いったい何者かと物珍しそうにブルーのクーペを見つめていた。

スティーブは倉庫と海に挟まれた桟橋に楽々とガットを滑り込ませた。有難いことに視界の良さも特徴のひとつなのだ。柔らかな光に照らされたガットは当然ながら人目を引く。犬を散歩させている人は振り向き、デリバリーバンのドライバーは窓から身を乗り出して携帯電話で写真を撮ろうとしていた。

斜め前から眺めるとガットは非常にアグレッシブだ。大きなエアインテークと斜めのラインはパワフルさとスピード感を強調しており、抑揚の強いボディは豊満でグラマラスだ。スティーブの話によると、ジミー・キルロイの最もお気に入りのデザインはフロントのエアインテークだというが、イングリッシュ・ホイール(金属板を曲げて整形する
板金工具)を使って平面のメタルシートからあの曲面を作り出すのはきわめて難しいという。

無理難題と思われるエンスージアストの夢であっても、デザイナーとクラフツマンの優れたチームが力を尽くせば現実の形にできる。ガットはそれを証明する素晴らしいサンプルである。この種の真のビスポーク・コーチビルディングは、1960 年代のオリジナルのイタリアン・クーペの価格が高騰し、実用に用いるにはあまりに壊れやすいということから考えても、ますます盛んになっていくものと思われる。

スティーブはもう一人の顧客であるジャッキー・ハワートンを紹介してくれた。彼は1950年代のスポーツレーシングカーのアイディアを抱いており、キルロイと頭を突き合わせてデザインについて意見を戦わせていた。結局、地元のアリゾナ州フェニックスに帰ってから彼のワンオフ・ロードスターのスタイルを最終的に決めることになった。ど
のような車が生まれるのか、私も数年後が楽しみである。

Octane Japan 編集部

最終更新:4/15(月) 11:39
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