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平成の新幹線、どれだけ速くなった? 昭和の研究結実、360km/h運転は令和へ持ち越しに

4/15(月) 6:04配信

乗りものニュース

新幹線高速化の「宿題」は国鉄からJR各社へ

 平成の30年間は、新幹線が大きくスピードアップした時代でした。

 1964(昭和39)年に開業した東海道新幹線は、世界で初めて最高速度210km/hで営業運転を行い、斜陽産業と思われていた鉄道を復権させるほどの大きな衝撃を与えました。それからわずか2年後の1966(昭和41)年、続く山陽新幹線の検討にあたっては、最新の技術を取り入れ、将来的な260km/h運転を可能とする規格に決定。さらなるスピードアップの検討は、東海道新幹線開業当初から動き始めていました。

【写真】360km/h運転を目指して造られた「ネコ耳」新幹線

 しかし皮肉なことに、新幹線があまりにも成功してしまったため、輸送力増強と騒音対策を優先しなければならなくなり、さらに国鉄の経営悪化が重なったことで、新幹線の速度向上は長らくストップしてしまいます。

 そのあいだにフランスの高速列車「TGV」が1981(昭和56)年に最高速度260km/hでデビューし、世界最速の座を奪われます。一方で東海道新幹線のスピードアップは開業から22年目の1986(昭和61)年11月、210km/hから220km/hと、ほんのわずかしか実現しませんでした。東北・上越新幹線はそれよりも速い240km/hでしたが、かつての山陽新幹線の目標速度にも届きません。

 1987(昭和62)年3月に国鉄が分割民営化し、「新幹線高速化」という宿題はJR各社に引き継がれます。

昭和時代のスピードアップ研究が平成時代に結実

 平成時代に入り、JR東日本は1990(平成2)年3月、上越新幹線の大清水トンネルの下り勾配という非常に限定した区間ながら275km/h運転を開始。JR東海は1992(平成4)年、東海道新幹線に新型の300系電車を投入し、270km/h運転の「のぞみ」がデビュー。JR西日本は1997(平成9)年に500系電車を使用して山陽新幹線で300km/h運転を始めるなど、それまで止まっていた時が動き出したかのように、次々とスピードアップが実現していきました。

 その後、東北新幹線は2013(平成25)年に320km/h化、東海道新幹線は2015(平成27)年に285km/h化を達成。1989(平成元)年と比べて、東北新幹線は+80km/h、東海道新幹線は+65km/hの速度向上を果たしたことになります。

「さすが民営化効果」と言いたくなるところですが、それは半分正しく、半分誤りです。それまで国鉄が手をこまねいていたわけではなく、試験車両を用いた速度試験で1972(昭和47)年には286km/h、1979(昭和54)年には319km/hの速度記録を樹立するなど、新幹線の高速化に向けた研究は古くから行われていました。平成に実現したスピードアップの基礎は、昭和の時代に築き上げられたものだったのです。

 山陽新幹線が全線開業した1975(昭和50)年、東京~広島間の新幹線のシェアは95%近くにも達していました。しかし、これをピークに東海道・山陽新幹線の利用者数と平均乗車キロは減少を始めます。航空機利用が一般化するにつれて長距離旅客は徐々に航空シフトを強めました。東京~広島間の新幹線のシェアは1980(昭和55)年には85%、1985(昭和60)年には70%まで低下。国鉄の旅客収入の3分の1を占める稼ぎ頭であり、命綱でもある東海道・山陽新幹線の競争力向上は大きな経営課題となりました。

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