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ウクライナ大統領選 コメディアンのゼレンスキー氏リード 政治不信、支持広げる

4/16(火) 19:20配信

毎日新聞

 今月21日に実施されるウクライナ大統領選の決選投票は、コメディアンのウラジーミル・ゼレンスキー氏(41)が現職のペトロ・ポロシェンコ大統領(53)を破る勢いだ。既存政治への批判を背景にゼレンスキー氏が支持を広げているのはなぜか。その人物像と人気の理由をゼレンスキー氏の故郷、東部クリボイログで探った。【クリボイログで大前仁】

 ◇ドラマの役柄を投影 「庶民」演出

 スマートフォンに収められた動画の中で、ゼレンスキー氏は照れ笑いを浮かべながら、祝辞を述べていた。「学校時代は人生で最も美しかっただけではなく、最も大切なときだった」――。2012年、母校の「第95ギムナジウム」(小学5年から高校までに相当)の記念行事に送った動画メッセージだ。

 動画を見せてくれたアラ・シピルコ校長(61)は「バロージャ(ゼレンスキー氏の愛称)は威厳を持ち、前向きで、周囲に影響力を与える生徒だった」と振り返る。在学中のゼレンスキー氏は同級生を中心にしてコメディーユニットの「95クバルタ」を結成し、現在も活動を続けている。ユニットの中でも「バロージャは常にリーダーシップを発揮していたし、舞台に立つと観客の目を引いていた」と話す。

 鉄鋼業を中心とした工業都市クリボイログで生まれたゼレンスキー氏は、大学の数学教授だった父アレクサンドルさん(71)、エンジニアだった母リマさん(68)に育てられた。両親は今でも市内の集合住宅で暮らし、父親の誕生日などに訪ねてくるゼレンスキー氏の姿が目撃されている。

 「夫妻はきちんと近所づきあいもするし、騒ぎを起こすような一家ではない。バロージャも昔から顔を合わせれば『こんにちは』とあいさつする子だった」。近くに住む年金生活者のアンナさん(67)は一家についてこう語る。他の市民や近所の住民に尋ねても「ゼレンスキー氏が有名になった後も、自分たちを特別視するようなことはない」「庶民的な一家」との回答が相次いだ。

 政治経験がないゼレンスキー氏を大統領選の最有力候補に押し上げたのは、自身を「庶民の一人」と位置づける戦略だ。ゼレンスキー氏は15年から放映されているテレビドラマ「国民のしもべ」で、高校教師がひょんなことから大統領に転じる役柄を演じている。ドラマで演じている役柄を現実の大統領候補としての自分に投影することで、幅広い支持を獲得。キエフ国際社会学研究所が16日発表した支持率調査では72%となり、ポロシェンコ氏に46ポイントの差をつけている。

 こうした「ゼレンスキー人気」の背景には、多くの国民が抱く既存政治への失望感がある。

 ウクライナは1991年、ソ連崩壊に伴い独立したが、当時からオリガルヒと呼ばれる財閥経営者が国内の政治と経済を支配する側面が強かった。14年に就任したポロシェンコ氏もさまざまな改革を公約したが、多くの国民は「ポロシェンコ自身がオリガルヒだから、改革に踏み込まなかった」と批判的だ。ゼレンスキー氏の両親宅近くに住むエンジニアのデニースさん(31)も「ゼレンスキー氏は新しい世代だ。国を良い方向に変革してくれると信じている」と希望を託す。

 ただしウクライナ国内ではゼレンスキー氏が「庶民の一人」であるのかを疑問視する見方も少なくない。主演ドラマを放映するテレビ局「1+1」は、有力なオリガルヒの一人イホール・コロモイスキー氏(56)が所有している。ゼレンスキー氏は昨年12月末の出馬表明に先立ち、コロモイスキー氏と綿密に相談したと伝えられていた。

 ゼレンスキー陣営は「コロモイスキー氏とはビジネス上の関係に過ぎない」と釈明するが、多くの政治評論家も「両氏が大統領選でどの程度の関係を築いているのかは不明だ」と指摘する。今年に入り、ゼレンスキー氏がイタリアに別荘を持っていたことも発覚し、一定規模の資産を蓄えていることも露呈している。

 クリボイログでは多くの住民が地元選出の大統領誕生を願う一方で、「政治は政治家に任せて、芸能人はショーに徹すべきだ」(59歳のタクシー運転手)との声もあった。

 ◇続く戦闘、対露関係改善は困難

 クリボイログ中心部の公園には、14年からウクライナ東部で続く戦闘の戦死者の遺影が並んでいる。人口約63万人の同市では多くの若者が徴兵された結果、戦死者は108人に達し、遺影の下には黄色い造花がひっそり置かれていた。長引く戦闘を受けて、ウクライナ国内では「まずは戦争を終わらせてほしい」(シピルコ校長)という声が広がる。

 対露政策を巡っては、現職のポロシェンコ氏が強硬姿勢を取る一方で、ゼレンスキー氏が「ロシアとの対話が必要だ」と説くことから、大統領に就けば事態打開に乗り出すとの観測も出ている。3月末の第1回投票でもゼレンスキー氏はロシア系住民が多い東部や南部で支持を得ていた。

 ただし現時点ではゼレンスキー政権が誕生しても、東部情勢を大幅に改善できる可能性は小さいとみられている。ウクライナ政府が15年にロシアや親露派勢力と結んだ停戦合意では、親露派へ自治権を与える項目が盛り込まれていた。政治評論家のフェセンコ氏は、もしゼレンスキー氏が親露派との交渉に乗り出したとしても、最高会議(議会)が自治権付与に同意する可能性はほとんどないと指摘し「実現するのは戦闘の一時的な停止ぐらい」との見方を示す。

 対するロシアは決選投票を控え、ポロシェンコ氏批判を繰り返しながらも、ゼレンスキー氏に対しても慎重に接する構えだ。ペスコフ露大統領報道官はプーチン大統領が首脳会談に応じる可能性を否定していないが、東部情勢について「ウクライナ内部の紛争であり、ウクライナ自身が解決すべきだ」との原則論を繰り返している。当面はウクライナ国内の動きを注視する模様だ。

最終更新:4/16(火) 21:34
毎日新聞

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