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【平成名勝負】福盛の21球…ノムさんの悲願「監督続投」の夢を粉砕したスレッジハンマー

4/17(水) 3:03配信

スポーツ報知

 ◆2009年(平成21年)10月21日 パCS最終ステージ第1戦(札幌D)

楽  天010 200 302=8

日本ハム100 000 035x=9

(楽)永井、藤原、小山、有銘、川岸、●福盛―中谷

(日)武田勝、江尻、坂元、○林―鶴岡、大野、中島

[本]鉄平(楽)スレッジ(日)

 秋を迎えるとスポーツ紙のプロ野球記者は行動様式は2パターンに分かれる。担当球団が勝ち進んでポストシーズンの熱闘を追う者と、監督交代などのストーブリーグ取材に明け暮れる者だ。2009年。球団創設5年目でリーグ2位に躍進し、初のAクラス入りを果たした楽天の担当記者には、両方の任務が課された。いかに勝ち進もうとも、「野村克也監督は今季限り」との既定路線が覆されることはなかったからだ。

 「野村克也74歳 負けたら即退任!スペシャル」-楽天初のクライマックス・シリーズ(CS)はそんなタイトルをつけたいほどの、異様な熱気に包まれていた。「新監督はマーティ・ブラウン」の噂で持ちきりの中、知将は「日本一になった監督を球団はクビにできますか?」と公言。下剋上日本一を手土産にしての続投に、一縷(る)の望みをかけていた。

 短期決戦で最も大事なのは勢い。あの秋の野村楽天にはそれがあった。杜の都でのCS第1ステージはソフトバンクが相手だったが、岩隈、田中のWエースが連続完投で突破。意気揚々と恋の街札幌に乗り込んだ。そこで、悲劇は起きた。

 札幌ドームでのCS最終ステージ、日本ハムとの第1ラウンド。楽天ベンチは8-4で迎えた9回、マウンドに守護神・福盛を送り込んだ。リードは4点。番記者の私も完全に油断していた。時計の針は21時半を回る。締め切りが気になる時間でもあった。ノムさん主語の勝利本記80行を想定し、60行近く書き上げ、後はおなじみ勝ちボヤキをたっぷりと挿入して…などと構成を考えていた。

 しかし…。

 日本ハムの猛攻が始まった。稲葉の適時打で1点を返し、なおも1死満塁。スレッジハンマーが知将の夢を粉砕した。左翼席へ、日本シリーズを含むポストシーズン初の逆転サヨナラグランドスラム。8-9。楽天は大事な初戦を落とし、破竹の勢いは途絶えた。

 当時のスコアブックの片隅には、試合後のボヤキが殴り書きされている。

 「お見事だね…。選手はいい経験をしているよ。打つ手は全部打った。それで負けたんだから、相手の方が上ということ。勝ちゲームを落とすというのは、こたえる」

 好事魔多し。仙台でのCS第1ステージを岩隈、田中の連続完投で突破したため、クローザーの福盛は9日間、実戦登板がなかった。「普通は試合形式の打撃投手をやるんだけどな。オレもウッカリしていた」と老将は悔やんだ。チームに勢いがありすぎたことが皮肉にも、救援投手の実戦感覚を鈍らせる一因になった。

 一度失った流れは引き戻せず、CS最終ステージ第4戦に4-9で敗れ、野村監督は43年間慣れ親しんだプロ野球のユニホームに別れを告げた。試合後には両軍の選手から胴上げされ、「野球屋冥利に尽きる」と感無量の表情を浮かべた。

 あの第1戦、福盛の球数は21。昭和の名シーンといえば「江夏の21球」だが、私が選ぶ平成の名場面は「福盛の21球」である。(2009年楽天担当=野球デスク・加藤 弘士)

最終更新:4/17(水) 16:05
スポーツ報知

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