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【平成の事件】開かぬ「パンドラの箱」、日米地位協定 横須賀米兵強盗殺人から13年、遺族の痛み

4/16(火) 10:00配信

カナロコ by 神奈川新聞

米軍の重要拠点、共存路線を歩む街

 米軍の世界戦略にとって、横須賀は極めて重要な拠点だ。西太平洋からインド洋までを担当区域に収める第7艦隊の旗艦「ブルーリッジ」や巡洋艦、駆逐艦の実質的な母港でもあり、艦船の修繕や補給の役割を担う。

 1973年からは空母が配備されている。現在の原子力空母「ロナルド・レーガン」は5隻目。米空母機動部隊の拠点のうち、米本土の外にあるのは世界に横須賀だけだ。2006年の事件で米軍が対応を急いだのも、原子力空母の配備を控えて地元世論に敏感になっていたためといわれる。

 市民も米軍関係者と多層的な関係を築く。旧日本海軍が「横須賀鎮守府」を構えた明治時代から軍港として刻んできた歴史とも、無縁ではない。

 3月15日の深夜。基地の近くに米兵相手のバーが連なる「どぶ板通り」に、総勢80人の行列がやってきた。

 米軍や地元住民会などがゴミ拾いを兼ねて、日米合同のパトロールを続けている。200回を超えた恒例行事。隊員に交じって基地司令官も掃除に汗を流す。

 地元町会の上田滋会長が、活動の意義を強調する。「どぶ板で飲んでいる軍人と、ボランティアで住民と一緒に掃除をしている軍人が互いに姿を見せ合うことは、事件の抑止にもなるはずだ」

 新たに横須賀に赴任してきた米軍人や家族には、生活の基礎を学ぶオリエンテーションの受講が義務づけられる。初歩的な日本語から生活上のマナーまで内容は幅広い。最終日には、集団での鎌倉観光が受講者を待つ。自力で乗車券を買って電車に乗り、横須賀まで帰ってくることが“検定試験”だ。

「米軍にも事件の痛みが伴うように」

 だが、こうした地道な活動とは裏腹に、被害回復を巡る制度の実情に、遺族は今も不信感をぬぐえないでいる。

 刑事事件の判決から半年後、山崎さんは日米地位協定に伴う民事特別法に基づいて、加害者の米兵と日本政府を相手に民事訴訟を起こした。「公務外」の犯罪ではあっても、「米軍当局に監督責任があったことを認めさせたい」という点にこだわった。

 2009年の横浜地裁判決は米兵への請求は認めた一方、国への請求は退ける。控訴や上告も退けられ、判決は確定した。

 公務外で事件を起こした米兵本人に支払い能力がない場合、米政府が慰謝料を支払う制度が、地位協定にある。山崎さんの妻の殺害事件を巡り、米側は2015年に示談を申し入れた。

 だが、山崎さんは内容に目をむいた。提案額は、訴訟認定額の4割。加害者の米兵を免責することも、支払い条件に盛り込まれていたからだ。

 「日本をばかにしている」。日本政府の担当者にも、思わず声を上げたという。「あなたたちは『被害者に寄り添う』と言っていただろう。だったら、アメリカに言ってくれ」

 交渉は難航した。最終的に山崎さんは2017年、示談を受け入れる。米側からの慰謝料と確定判決の認定額の差額は、日米特別行動委員会(SACO)の合意に基づいて、日本政府が見舞金の形で肩代わりした。

 山崎さんも、すべての米軍関係者に憎しみを抱いているわけではない。

 事件後、英文の短い手紙が届いたことがある。「私たち全員が申し訳なく思い、憤っています」。加害者の米兵と同じ空母の乗員という男女3人の名が添えられていた。

 それでも遺族として、日米地位協定の改定を願う思いは強い。「米軍は事件が起きるたびに綱紀粛正を言うが、運用改善では事態が戻ってしまうかもしれない。事件が、米側にとって痛みを伴うものでなければならない」

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最終更新:4/16(火) 20:32
カナロコ by 神奈川新聞

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