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Qプラスリポート 元海兵隊員 ネルソンさんの思い

4/16(火) 21:11配信

沖縄ニュースQAB

QAB 琉球朝日放送

ベトナム戦争での凄惨な体験を、沖縄や日本各地で命尽きるまで語り続けた1人のアメリカ人がいました。彼が残した平和への思いとは、何だったのでしょうか。

石川県加賀市にある由緒ある寺・光闡坊(こうせんぼう)。本尊の裏に一人の男性が眠っています。

アメリカ人のアレン・ネルソンさん。ネルソンさんは、かつて沖縄のキャンプハンセンからベトナム戦争に従軍した元海兵隊員です。

ネルソンさん「私はベトナムで何人もの死を見ました。私はベトナムで、本当の戦争は映画と違うのだと知りました」

ネルソンさんは戦後、自らの戦争犯罪を告白し、日本国内はもとより、世界中で戦争の愚かさや平和を訴え続けました。

この日は、ネルソンが亡くなって10年の法要。アメリカにいる彼の家族をはじめ、交流があった沖縄からも仲間たちが集まりました。

アメリカから来た家族と抱擁するのは、沖縄から駆け付けた宜野座映子さん。ネルソンさんの親友でした。

宜野座映子さん「アレンの本当にまっすぐな魂の言葉を受け止めてくれる仲間がここに一同に(居て)。アレンが呼んでくれたなと、素晴らしいなと。来てよかったと思っている」。

佐野明弘住職「アレンさんは、私のような者を二度と生み出してはならない。子どもたちを戦場に送ってはならないと、その命を尽くし、生涯をかけて、語り続けられました」

ネルソンさんが見た戦場は地獄そのものでした。1960年代から泥沼化したベトナム戦争。著書にはななまなしい様子がかかれていました。

(ネルソンさんの著書より)「炎に包まれる村の家々、恐怖に満ちた叫び声、あちこちに人々が倒れ、血を流したり、手足が千切れたりしています。私はとてつもない恐怖に襲われ、張り裂けるような声を上げます」

ネルソンさん「キャンプハンセンの上官は聞く、お前たちは何がしたいのかと。すると私たちはできるだけ大きな声で、ライオンのような声で叫ぶ。殺すんだと」

戦場から生還したネルソンさんでしたが、その体験は、彼の心をむしばんでいました。戦後も長く、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しめられたのです。

妹のマーシャルさんは兄、そして家族の苦悩を語りました。

妹・マーシャルさん「彼は自分のミッションを持って、日本で語る活動をしていたと思います。そのミッションを通して、自分が戦争でしてきたことを変えたかったんだと思います。それは戦争への参加、PTSD、様々な問題や家族を分裂させたことです。母は、兄が依然知っている人じゃなくなって帰ってきたことに落胆しました」

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最終更新:4/16(火) 21:11
沖縄ニュースQAB

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