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「アメリカで一番有名な日本人になる」 元J戦士・宮地元貴、アマから踏み出す新たな夢の一歩

4/16(火) 19:28配信

SOCCER KING

「実は今、海外挑戦に向けて準備しています」。

宮地元貴から連絡を受けたのは、1月8日のことだった。2017年8月、名古屋グランパス(J1)から松本山雅FC(当時J2)に移籍し、昨季はアスルクラロ沼津(J3)でプレー。しかしこの3チーム合計でJの公式戦に出場したのは沼津での1試合のみ。慶應大ではキャプテンを務め、意気揚々として飛び込んだプロの舞台は、彼にとってそれほど華やかなものにはなっていない。「公式記録を見れば苦しんでいる選手のように見えると思う」。宮地はすべてを事実として受け入れながら、だからこそ新たな環境でのチャレンジを自分の手で切り拓くことにした。

この3カ月間、宮地は自分でプレービデオを作成しつつトライアウトと練習参加を繰り返し、最終的にはアメリカのNPSL(ナショナル・プレミア・サッカーリーグ、4部相当)のチャタヌーガFCに所属することになった。チャタヌーガはアマチュアチームである。だが、「これで僕は一度プロではなくなります」と言う男の眼は燃えていた。ようやく新たな夢への一歩を踏み出した彼に、ここまでの経緯と今後のプラン、そしてサッカー選手としての想いを聞く。

取材=今井雄一朗

■大学生に『どうして?』と言われながらトライアウトを

―――まずはアメリカでプレーする機会を勝ち取ったこと、おめでとうございます。経緯から聞いていこうと思うのですが。

宮地 ありがとうございます。できるだけ正直にお伝えしようと思うのですが、まず僕は2年間、Jリーグでの出場機会がほとんどなかったわけですが、プロとしてやっていけない、もうダメだ、この選手には敵わない、と思ったことはなかったんです。だけどJリーグでは自分は波に乗ることができていないのもまた事実で、そこで新しい環境をと思って考え始めたのが海外でプレーするという選択肢でした。周囲には反対する人もいたのですが、自力でトライアウトを受けることにしました。

まずは現地に行く前に、日本で行われたトライアルを受けました。シアトル・サウンダーズ、ナッシュビル、ノースカロライナというアメリカの3チームのほか、ヨーロッパのチームもいくつか参加しているもので、福岡で3日間。大学生たちに『どうしてここにいるんですか?』と言われながらもトライアウトを受け(笑)、ナッシュビルとノースカロライナのアメリカでのチーム練習に参加させてもらえることになったんです。そして1月10日からアメリカに入り、アメリカ全体の合同トライアウトにも参加しました。最初はカリフォルニアのフレズノというチームに行き、その後ノースカロライナのチーム練習に10日間。そしてナッシュビルには2ヵ月間の練習参加をしてプレシーズンマッチにも出場しましたが、最終的には外国籍枠の関係で契約することはできず、今のチャタヌーガFCに決まりました。

―――ノースカロライナにしても、ナッシュビルにしても、戦っていける感触は得られていたのですか?

宮地 そうですね。やれましたし、手応えもありました。公式戦はなかったですが、やっぱり試合に出てプレーすることが自分にとっては楽しくてやりがいのあることだと感じました。レベル的な部分は比べられないですが、日本の方がスピーディーでテクニカルなところがある一方で、アメリカのサッカーは速いと言っても縦に速いのも面白いところです。それが基本的なスタイルで、中にはつなぐチームもある。ノースカロライナはそういうチームでしたね。ナッシュビルはつなぐけど、縦に速く行く方が評価されるチームでした。チャタヌーガは外国籍枠のないリーグに所属していることもあって、メンバーがドイツ人、スペイン人、ポルトガル人、ブラジル人といろんな国の選手がいるのであまりアメリカ的なサッカーにならないところがあります。監督はアメリカ人なのですが、パスのテンポの速さを求めますし、日本的なところがあるチームかもしれません。

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最終更新:4/17(水) 7:13
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