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宮本常一「忘れられた日本人」 村人たちの〝民主主義〟を照射【あの名作その時代シリーズ】

4/17(水) 12:00配信 有料

西日本新聞

山あいに広がる野菜畑を背に、竹かごを担いで笑顔をみせる女性。その姿は、ひと昔前の日本の風景を連想させる=長崎県対馬市

 「あの名作その時代」は、九州を舞台とした作品、または九州人が書いた著作で、次代に残すべき100冊を選び、著者像や時代背景、今日的な意味を考えながら紹介するシリーズです。西日本新聞で「九州の100冊」(2006~08年)として連載したもので、この記事は06年4月23日付のものです。

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 狭い入り江に張り付いた長崎県対馬市厳原(いずはら)町浅藻(あざも)は、対馬島の西南端にある百戸余りの集落である。戦後復興が軌道に乗り始めた一九五〇年夏、民俗学者・宮本常一は白い開襟シャツにリュックを背負ってここに現れた。

 「宮本先生は囲炉裏端で話をしよった。二時間も三時間も、もっとおってやせんかねえ」

 梶田味木さん(82)は、当時既に八十を過ぎていた義父の富五郎と宮本が熱心に話し込んだ様子を覚えている。富五郎は、宮本と同郷の山口県周防大島に生まれた。幼くして孤児になり、もらわれた漁師の船で、無人に近かった浅藻に移り住んだ。人々は土地を開拓し、入り江の岩を小舟で運び出して港を造り、集落を栄えさせた。

 「はァ、わしがここ来たのも古いことじゃ…」で始まる富五郎の波乱に満ちた身の上話を宮本はつぶさに聞き採り、「梶田富五郎翁」として『忘れられた日本人』に収録した。「後から宮本先生の本を読むと『わしァのう…』『…でごいす』と、おじいさんのしゃべり口があまりに実際通りで驚いたですよ」 本文:2,611文字 写真:1枚

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西日本新聞

最終更新:4/17(水) 12:00
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