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創業130年の老舗企業にSlackがもたらした組織とコミュニケーションの変革

4/17(水) 9:00配信

アスキー

ビジネスチャット「Slack」のユーザー事例連載の第1回は130年以上の歴史を持つカクイチ。ITが苦手だったカクイチがSlackを取り込むまでの試行錯誤を追う
 ビジネスチャットツールであるSlackは2017年に日本語版がローンチされた。ローンチからわずか2年だが、多くの企業でコミュニケーションの重要な構成要素となっている。しかし、その使い方は企業によって千差万別。コミュニケーションのスタイルは、企業文化の影響を強く受ける。だからこそ企業にとって、コミュニケーションツールの選定は重要であり、かつそれを上手く根付かせ、活用することは簡単なことではない。この連載では、Slackを導入した企業から、独自の使い方や導入による組織やコミュニケーションの変化を探る。
 
 今回は、創業130年以上の歴史を持つ老舗企業のカクイチ代表取締役社長の田中離有氏と、IT情報システム部長執行役員である鈴木 琢巳氏、同部署で実際にSlack導入を担当した柳瀬 楓氏を取材。どのような経営判断のもとある種異質なカルチャーとも言えるSlackの導入を決め、長年築き上げた組織へ根付かせていったのかを聞いた。
 

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PCが定着しなかった老舗企業がデジタル化に踏み切った背景
 カクイチはガレージ・倉庫やホースなどの施工・製造・販売事業をはじめ事業内容は多岐にわたり、拠点もショールームを合わせ全国120ヶ所にのぼる。基本的な事業モデルは同じというが、かなり多角経営と言える。田中離有氏が社長に就任したのは今から約5年前のこと。順調に拡大し、安定しているように見えるカクイチだが、田中代表は社内にある2つの課題感を持っていた。1つ目はコミュニケーションの課題だ。
 
「古い会社ではありますが、今後も新規事業を立ち上げ会社としては成長を目指していきます。弊社ではこれまでの事業経験から、作る力、売る力、広める力、そして顧客との関係値はあるため、リソースは十分に持っています。しかし、新たに事業を立ち上げるとなると、社内に散らばるそれらのリソースをつなげる必要がある。その"つなげる力"というものが不足しているように感じていました」(田中氏)
 
 このつなげる力こそ社内全体に行き届いたコミュニケーションだ。当時のカクイチは機能型の組織構造。社長がいて、役員、部長、課長と続くような階層型だった。こうした組織の形では、セクショナリズムが起こりやすくなってしまい、横方向のコミュニケーションが働きづらかった。
 
 2つ目は、従業員の働き方だった。当時営業マンが持ち歩いていたのはガラケーだった。そして営業所にパソコンとFAXがあるため、彼らは出先では電話で対応し、メールを返すために社内に戻ってくる。すると移動時間も含め労働時間は長時間化しやすくなってしまう。
 
 当時の働き方では業務の負荷が大きくなってしまうため、改善のためにさまざまな手が打たれた。しかし、モバイルデバイスの付与や、外部で資料をプリントアウトできる仕組みを導入など、どれも定着しなかった。従業員のITリテラシーが高くないために、ツールに抵抗感があり、普及しなかったのだ。
 
 これらの課題を感じる中で、田中代表は、社長就任後の初のスローガンとして「楽しく効率的に成果を挙げる会社にする」を掲げた。労働時間を短縮し、成果を挙げるには、ITの活用は必須であり、会社は大きく変化する必要があった。このデジタル化を伴う戦略を掲げた頃を田中氏はこう振り返る。
 
「企業体質も強化しながら、新しくベンチャーを立ち上げるというのは、一見矛盾した部分もあり、私の考えを社内に伝えることにはかなり労力を使いました。しかし、現場に行くと『あれ?全然伝わってない』と感じることもあったのです。やはり当時の官僚的な機能型組織では現場までトップの意思が浸透しないと痛感し、『これは組織の壁をぶっ壊さなければ』と一念発起しました」(田中氏)
 
 その後、部署や階層間の壁を壊すため、フラット型組織、コアバリュー型組織などさまざまな組織作りを試したが、これまでの課題を解決する形にはたどり着けない日々が続いた。
 
社内の情報の流通量を増やし、三角形型のコミュニケーションへ
 組織体制を探りながら、ITリテラシーを高めるため、営業マンへ不慣れなiPadやiPhoneの導入をトップダウンで断行していった。個人のメールアカウントが付与されたのが2年前、各営業所でWi-Fiが導入されたのは半年前のこと。新しい一手を探る最中に、モチベーションマネジメントのコンサルタントに紹介されたツールが「Slack」と「Unipos」だった。
 
 従業員の承認欲求を健全に満たす重要性に注目していた田中氏は、従業員同士でピアボーナスを送りあえるUniposに強く興味を惹かれた。一方で、Slackについては深く理解していなかったが、チャットによるコミュニケーションの可能性について体感した経験があった。この話が印象的だ。
 
「私は妻と娘2人の4人家族ですが、それぞれ全員となかなか話すことは少ないわけです。でも、”私と長女が話している姿を次女が見ている”状態は、次女とのコミュニケーションとしても成り立っている。たとえば私と長女が、次女を会話の話題に出して心配することがあれば、これは1対1でなく三角形のコミュニケーションになるんです。これってプラットフォーム型のチャットで得られる感覚と近い。1対1のコミュニケーションは実はストレスフルで脆弱だと思っています」
 
 三角形のコミュニケーションでは、実際に言葉や情報のやり取りに参加している者同士だけでなく、その周囲の人間もゆるやかにつながり、彼らにも情報が浸透していく。田中氏は、家族間のコミュニケーションからチャットをプラットフォームとする組織づくりのヒントを得て、UniposとSlackの同時導入を決めた。
 
「情報を持てば人間は活性化します。現場のメンバーにとっては参加意識も持てますし、会社としても、トップと現場間の情報がスピーディーでスムーズになれば迅速な意思決定が可能です。Slack導入の狙いは、全員が同じ部屋で働いている感覚になるくらいの身近な情報網を構築し、意思決定のスピードをあげることでした」 (田中氏)
 
 Slack導入の任の役割を担ったのは3ヶ月前に着任したIT情報システム部長執行役員である鈴木 琢巳氏だった。初めて社長からSlackの導入を伝えられた時には「うちには絶対向かないと思った」と言う。
 
 不安を抱きながらも、プロジェクトを推進するためSlack導入の好事例をすでに持つ企業として知られるメルカリやSmartHRへ相談に行ったという。そこでも「カクイチには向かないのでは」と忠告を受けた。アナログなコミュニケーションはカクイチの課題でもありながら、一方で強みでもあり築きあげたカルチャーや哲学の現れでもあった。それを否定することになりかねないと危惧された。鈴木氏は当時の気持ちをこう振り返る。
 
「率直にお話いただき受け止めたのですが、だからこそやる気になった面もあります。カクイチのような古い体質だが哲学も歴史もある会社が、もし新進気鋭のベンチャー企業が使いこなすような最先端のツールを取り入れ、あえて摩擦を起こすことこそがイノベーションを生むのではないかと直感的に感じました。ただ導入は大変だろうなと思いました」(鈴木氏)
 
抵抗感ない部署から順に味方=アンバサダーを作っていく。
 社内に戻り、いざ導入を進める鈴木氏が行なったことは2点。まずは社内でもITリテラシーが高い自身の所属するIT情報システム部からテスト導入を行うこと。所属部署で活用する中で、鈴木氏自身もSlackによるコミュニケーションや組織の変化を実感し始めたという。
 
「Slackを使い始めて面白い変化が起きました。チャンネル内で私から柳瀬に対しての問いに、他のメンバーが答えてくれるようになったんです。1対1じゃないコミュニケーションが生まれることで、意思決定が早くなったし、仕事が見える化したことで共通脳が生まれました。これによって、1つの目的に向かって組織が1つになったという感覚がしましたね」(鈴木氏)
 
 鈴木氏自身が成功体験をし、いよいよ現場での本導入に進むことになる。ここで行った施策が『アンバサダー制度』だ。ITリテラシーが高そうな営業所を5拠点ピックアップし、そこに所属するメンバーの中からITアンバサダー2名を任命した。このITアンバサダーの選定について鈴木氏は以下のように解説する。
 
「営業所の中でのコミュニケーションは女性が起点になることが多い。だから女性を選定し、彼女にモチベーションを上げてもらえるように『アンバサダー』と特別感のある呼び方をする制度を作りました。また一人だとコミュニケーション成り立たないので、まずは2人で使えるような状態を作るため、1 拠点に2名ずつ任命することにしたんです」(鈴木氏)
 
 もちろんITアンバサダーを設置しても「よろしく」と任せてしまっては導入は進まない。ここでSlackの社内カスタマーサクセスのように、導入のサポートに尽力したのが新卒で入社したばかりだった柳瀬氏だ。鈴木氏は入社まもない彼女に任せることで、社内の多くのメンバーが話を聞きやすくなるし、彼女自身も社内のしがらみを恐ることなくプロジェクトを推進してくれるのではと期待していたという。
 
 柳瀬氏は丁寧に現場に寄り添いながら導入を進めた。カクイチの営業所は全国120箇所に散らばっているため、オンラインミーティンングアプリ「Zoom」を活用して遠隔でレクチャーを実施した。しかし、Zoomに接続するのも一苦労。接続だけで15分かかることもあったという。それでも柳瀬氏は根気強くサポートをした。
 
「まずはSlackについて説明する資料を、言葉を直して作り直しました。最初にわからない言葉が並んでいると『もう、無理』と拒否反応を示されてしまいます。だからカタカナを日本語に直して、さらにカクイチ内で伝わりやすい言葉に直しました。たとえば『mention』は『狙い撃ち』とかですね」(柳瀬氏)
 
 実際のZoomでのミーティングは1回2時間。そのうち1時間は導入理由を伝えることに使い、後半は3人で実際にSlackを操作する。柳瀬氏はITアンバサダーと同じ画面を見ながら「このボタンを押すとメッセージが送れます」と指示しながら、実際に3名でメッセージを送り合い、使うことへの不安がなくなるまでサポートした。
 
 最初にレクチャーをした営業所では、ITアンバサダーのメンバーに説明しながら「何がわからないのか」「どんなレクチャーが必要か」「何の情報がないと他のメンバーに広められないか」と柳瀬氏自身も学びながら進めていった。
 
九州のスタッフの仕事が見える化され、全社に影響を与えるまで
 柳瀬氏の地道に寄り添ったレクチャーの甲斐もあり、初期導入5営業所で好感触を得て終えることができたため、一気に範囲を広げ、その後2ヶ月で全社導入を完了させたのが、2018年12月のことだ。少しずつ狙っていた効果が現れてきたという。特に、トップと現場の距離が近づき、一体感が生まれている感覚があると、田中代表は語る。
 
「弊社独自のチャンネルで『社長のつぶやき』というものがあります。私はまだ4回しか発言していないのですが、どんどんと私の発言に対するリアクションが増えてきました。特に私の誕生日プレゼントに社員が送ってくれたパロディ動画についてのリアクションは、全アカウントの半数以上のリアクションがありました。とても一体感を感じることができましたね」(田中氏)
 
 カクイチだけに関わらず一般的に社員にとって社長は遠い存在だと感じられ、仮に社長が発言することがあっても直接コメントやリアクションはしづらいという場合が多いはずだ。
しかし、カクイチではSlackを活用して、社長の声を現場に直接届けることができるだけでなく、それを受けてメンバーもまた生の声を返すことが自然である空気を醸成し始めている。また、全国に転々と散らばった営業所での仕事の見える化がされ、会社全体の業務効率向上にも繋がった事例があるという。
 
「弊社は月に一回、会社に貢献したメンバーを讃え社長賞を贈っていますが、先日受賞したのは福岡支店の営業スタッフの女性でした。事務の彼女が一人の営業マンの困りごとのために面倒だった社内の申請フローを改善したことが評価されたのです。これをきっかけに、この改善案は全社で採用されました。こうしたことはこれまでにはなく、Slackによって仕事の見える化がされた効果だと感じます」(鈴木氏)
 
 導入時に想定していた意思決定の迅速化と情報網の構築が徐々に進んでいるカクイチ。ゆるやかな三角形のコミュニケーションが実現され、いろんな情報が現場の社員に届き、活性化しているという。現在、田中代表はこの変化に伴う新たなコミュニケーションの課題に取り組んでいる。
 
「現場にもどんどんと情報が流れるようになったことで、管理職の位置づけが変わってきました。管理職でなければ持っていない情報を用いてメンバーをマネジメントする状態ではなくなりました。現場も情報を得て、共通脳を持ち活性化することは良いことですが、それをうまく使いこなせない時もあるでしょう。このような時、いかにコミュニケーションを取って、正しくより良く導けるかが今後目指すべきマネジメントスタイルだと、管理職たちに教育しています」(田中氏)
 
 こうしてカクイチでは、戦略に則ったSlackの導入・活用によって、組織を超えたコミュニケーション・組織、働き方の変革を起こしてきた。トップダウンで方向性を強く示し、ゴールを一致させる。しかし導入時には一見面倒でも丁寧に成功体験を積ませ、現場の"置いてけぼり感"を抱かせないようサポートする仕組みを作ったこと。どちらかが欠けていても、この力強く迅速な変化は難しかっただろう。さらに、ツールに合わせすぎず、カクイチらしい機能の呼び方や使い方を工夫することで、既存のカルチャーにうまく溶け込ませることができた。
 
 老舗企業がまったく異なるカルチャーを持つツールを迅速かつスピーディーに現場へ定着させられた要因は、大胆なトップダウンによる意思決定と丁寧な現場へのレクチャーのバランス、そして自社の強みを見失わないしっかりと築き上げられた理念・哲学にあるのではないだろうか。
 
 
文● 萩原愛梨 写真●曽根田元

最終更新:4/17(水) 12:35
アスキー

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