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「五輪おじさん」追悼展 山田さんの応援の軌跡紹介

4/17(水) 8:32配信

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 「オリンピックおじさん」の愛称で親しまれ、3月9日に92歳で亡くなった南砺市井波地域出身の実業家、山田直稔(なおとし)さんを追悼する催しが16日、同市北川(井波)の「いなみ木彫りの里創遊館」であり、半生を描いた漫画冊子や、ピンバッジ、記念切手が来館者に配られた。

 山田さんの五輪応援の軌跡を紹介する館内の「オリンピックおじさん展示場」には記帳台が設けられ、来館者が山田さんの活動を思い起こしながら名前を書いた。

 山田さんのお別れの会も16日、東京都内のホテルで開かれた。五輪観戦を通じ笑顔で国際交流を続けた山田さんの思いを酌み、同郷で元衆院議長の綿貫民輔さん(91)や親族、応援仲間らが明るく和やかな雰囲気の中で見送った。

 山田さんは1964年の東京五輪から2016年のリオデジャネイロ五輪までの全ての夏季五輪と、冬季五輪1大会の計15大会で現地に入り、日本選手に声援を送った。羽織はかまと金色のシルクハットの派手ないでたちが話題になり、「国際オリンピック応援団長」とも呼ばれた。

 会は山田さんの誕生日に合わせて開かれ、長男の康貴さん(62)があいさつ。綿貫さんは「小さいころから『なおちゃん』、『たみちゃん』と呼び合う仲だった。誰からも愛される男で、二度とああいう人は出てこないだろう」としのび、「なおちゃん、来年の東京五輪は天国から応援してください」と語りかけた。

 田中幹夫南砺市長らも別れの言葉を述べ、山田さんの孫5人が「千の風になって」を合唱した。山田さんと共に五輪を観戦してきた「応援副団長」の石川恭子さん(49)=東京都=は三三七拍子に合わせ扇子を振り、感謝の思いを示した。

 会場には五輪マークをあしらった献花台が設けられたほか、万国旗も掲げられた。山田さんが観戦した過去の大会の写真パネルや着用したジャージーを展示したコーナーもあり、東京富山県人会連合会の会員や応援仲間らが、半世紀以上にわたる"団長"の応援人生を振り返った。

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