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京都・因幡堂平等寺の弘法大師坐像 秀吉の「大仏」手がけた仏師作と判明

4/17(水) 18:00配信

毎日新聞

 京都市中心部で1000年以上の歴史を持つ因幡堂平等寺(京都市下京区)に伝わる弘法大師坐像(ざぞう)(像高約70センチ)が、桃山時代から江戸時代初期にかけて活躍した仏師・康正(こうしょう)の遺作であることが龍谷大学龍谷ミュージアム(同区)の調査で分かった。展覧会に伴う調査で像の底から銘文が見つかった。康正は豊臣氏が京都・東山に建立した大仏にも関わったとされる当時を代表する仏師で、近世の仏像史を考える上で貴重な発見という。

 平等寺は平安時代中期に創建された真言宗智山(ちさん)派の寺。本尊の薬師如来立像(重要文化財)は「日本三如来」の一つとされ「因幡薬師」の通称で親しまれる。弘法大師坐像は本堂に安置されていたが由来などは不明だった。

 調査で像の底を確認したところ全面に黒漆が塗られ、その上から朱色の漆で銘文が書かれていた。「七條前大佛師貳十二代(しちじょうさきのだいぶっしにじゅうにだい) 法印(ほういん)康正八十九歳」との署名や極楽往生を願う文言、さらに康正の命日である「元和七(1621)年辛酉(しんゆう)正月十日」の日付が書かれていた。ミュージアムによると、最晩年の康正が寺の依頼で彫ったものの完成間際に没し、息子の康猶(こうゆう)らが仕上げたうえで銘文を記したとみられる。

 康正は運慶などで知られる慶派の流れをくむ仏師。豊臣秀吉が方広寺(京都市東山区)に建立したものの倒壊や焼失を繰り返し、息子の秀頼が遺志を継いだ大仏の再建に携わったとされる。現存する仏像では東寺(同市南区)の本尊・薬師三尊像(重要文化財)が知られる。

 調査ではさらに、像内部から明治時代の信徒が親族の遺骨を納めた舎利容器も見つかり、あつい信仰を集めていた様子も分かった。

 弘法大師坐像は20日に同ミュージアムで始まる企画展「因幡堂 平等寺」(毎日新聞社など主催、6月9日まで)で公開される。【花澤茂人】

 ◇近世仏像の出発点と言える作品

 長谷洋一・関西大教授(日本彫刻史)の話 中世から近世にかけ仏像は写実的で分かりやすいものに変わる。その転換点を生きた康正の遺作であるこの像にはそうした特徴が見られる。まさに近世仏像の出発点と言える作品が見つかった意義は大きい。

最終更新:4/17(水) 18:00
毎日新聞

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