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辞めるに辞められない男たち ロシアや中央アジアの政権はなぜ長期化するのか?

4/17(水) 12:03配信

GLOBE+

一時代の終わり

前回のコラムで、カザフスタンのナザルバエフ大統領が大統領職からの辞任を突然発表したことをお伝えしました。大統領の座からは退くものの、ナザルバエフ氏はそれ以外の枢要なポストを保持し、まだしばらくは実質的な最高権力者の地位に留まるものと見られています。

【写真】服部倫卓さんが見たロシア

それでも、今回のナザルバエフ大統領の退任表明は、一時代の終わりを強く印象付けました。かつてのソ連邦では、連邦レベルでも、15あった「共和国」のレベルでも、国家と共産党が一体化し、共産党のトップが実質的に連邦および共和国の最高指導者でした。そして、1991年暮れにソ連邦が崩壊し、15の共和国がそれぞれ独立国家になっても、かつての共産党のトップがそのまま独立国の大統領になり、長期政権を築くパターンが見られたのです。それは特に、民主化の遅れた中央アジア地域で顕著でした。

しかし、2006年12月にニヤゾフ・トルクメニスタン大統領が、2016年9月にカリモフ・ウズベキスタン大統領が亡くなり、かつての共産党トップからの生き残りは、ナザルバエフ・カザフスタン大統領が最後の一人でした。完全引退するわけではないにしても、ナザルバエフ氏の大統領退任は、時代の大きな節目になりそうです。

長期政権の系譜

ナザルバエフ氏のような、共産党トップから大統領に転身した指導者に限らず、旧ソ連諸国(いち早く脱ソ連化しすでにEUにも加盟しているバルト三国は除く。以下同様)では、全般に政権が長期化する傾向が目立ちます。中央アジア諸国(カザフスタン、キルギス、ウズベキスタン、トルクメニスタン、タジキスタン)およびアゼルバイジャンといったイスラーム系の国で、政権が長期化する傾向が特に目立ちます。

学者出身で、中央アジアにおける民主化の雄と見なされていたアカエフ・キルギス大統領も、政権が長期化するにつれ強権化し、晩節を汚しました。タジキスタンのラフモン氏は、1994年11月に大統領に就任してから、もうすぐ四半世紀が経とうとしています。トルクメニスタンでは、ニヤゾフ大統領という絶対的な権力者が亡くなった際には変化への期待も生じたものの、結局ベルディムハメドフ大統領という新たな絶対的権力者に取って代わられました。極めつけはアゼルバイジャンのケースで、絶対的な存在だったヘイダル・アリエフ大統領が2003年10月に亡くなると、後を継いだのは息子のイルハム・アリエフ氏でした。さすがに旧ソ連諸国でも政権の世襲は今のところこれが唯一の事例です。

むろん、イスラーム系の国だけでなく、キリスト教系の国も、権威主義体制および長期政権と無縁ではありません。ロシアとベラルーシでも、強大な権力を持つ大統領によるいつ終わるとも知れない政権が続いています。

ロシアでは、1999年の大晦日に辞任したエリツィン大統領に代わり、プーチン氏が最高権力者の座に就いて以降、もう20年近くプーチン体制が続いています。なお、良く知られているとおり、ロシア憲法では三選が禁止されているため、プーチン氏は2008年にいったん大統領の座を退いて首相に転身し、メドベージェフ氏に一時的に大統領の役職を委ね、4年後の2012年に大統領に返り咲きました。メドベージェフ氏が大統領の座にあった時も、実質的な最高権力者はプーチン氏であったという点で衆目は一致しているので、上掲の図でも2000年から現在に至るまでプーチン体制が続いていると描いています。

「欧州最後の独裁者」と呼ばれるルカシェンコ・ベラルーシ大統領の治世も、もう四半世紀ほど続いています。ナザルバエフ大統領が退任したことで、旧ソ連諸国の現役の大統領としては、ルカシェンコ氏が最も古株ということになりました。ベラルーシでは、独立直後は大統領制がとられていませんでしたが、1994年に大統領制が導入され、その最初の選挙で権力を掌握したのがルカシェンコ氏です。したがって、ベラルーシ国民はルカシェンコ氏以外の大統領は一人も経験していないということになります。

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最終更新:4/17(水) 12:03
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