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【平成の事件】行き場失う「住人」 川崎簡易宿泊所火災があぶり出した「ひずみ」

4/17(水) 10:00配信

カナロコ by 神奈川新聞

新たな街づくりの胎動

 火元の簡宿は2階建ての届け出にもかかわらず、建築基準法の耐火構造の要件を満たさないまま3階建てになっていた。放置された違法状態が被害を拡大した要因ともみられ、川崎市は市内の簡宿への査察と指導を強化。こうした措置は老朽化の進んだ簡宿の経営を直撃した。大規模な改修費用を捻出できない簡宿を中心に、市内にあった49棟のうち13棟が営業停止や廃業に追い込まれ、街の在りように変革を迫った。

 「若い女性や外国人客が泊まりに来ることで、街が元気になったと言われるのがうれしい」と語るのは、簡宿街の一角に建つゲストハウス「日進月歩」の支配人吉崎弘記さん(44)だ。廃業が相次いだ街に元気を取り戻したいと、昭和の面影を残す築55年の簡宿をリノベーションし、2018年1月に営業を開始。“インスタ映え”を狙ってアートを施した客室が特色で、外国人観光客やバックパッカーの利用も増えつつあるという。

 2020年の東京五輪・パラリンピックを控え、訪日外国人観光客はさらなる増加が見込まれている。日進町は地の利に恵まれ、玄関口となる羽田空港が多摩川を挟んだ対岸にある。同じ川崎区内には川崎大師もあり、門前町の情緒にあふれる界隈(かいわい)は、日本らしさを求める外国人にはうってつけの名所にもなり得る。

 大きな可能性を秘めるだけに、街の関係者の期待は大きく、昨春には外国人観光客らをターゲットに来街者を呼び込むイベントも初めて開催された。「4月末から他の簡宿2軒の運営も新たに手掛けることが決まった。国内外の人たちに訪れてもらい、この町の歴史をつないでいきたい」。吉崎さんは力を込めた。

行き場なくす「住人」ら

 既存のシステムの限界を転機と捉えるたくましさが街に新たな活力を生む一方で、その動きから取り残された人々もいた。長年の「住処(すみか)」を突如失い、行き場をなくした簡宿の高齢者たちをどう救済するのか、新たな課題が行政に重くのしかかる。

 川崎市は火災後、生活保護受給者らが民間の賃貸住宅へ転居できるよう支援に乗り出した。民間の支援員を新たに登用した点が特徴で、担当者は「独力では賃貸契約が難しい人のスムーズな入居をサポートしていきたい」と狙いを話す。

 火元の簡宿で暮らしていた男性(73)は、市の勧めに応じて簡宿街から少し離れたアパートに引っ越した。広さ17平方メートルのワンルーム。テレビも無料になり、一日中見ていられるが、それでも簡宿での生活が懐かしいとこぼす。助け合える知人のいないアパートでの1人暮らしは、不慣れな高齢者にとってハードルが高く、「10人のうち、果たして何人がうまくいくか。現実の生活はやっぱり厳しい」。

 その言葉を裏付けるように、別の簡宿街に流れた人もいた。「日本三大ドヤ街」の一つに数えられる横浜市中区の寿地区。昨年末に炊きだしの列に並んでいた無職男性(76)は「川崎を出てから路上に戻っての暮らしは大変だった。寿町でいい部屋が見つかってようやく安心した」と笑みを浮かべた。

 無料または低額で簡易住宅を提供する「無料低額宿泊所」を選ぶ人たちも少なくない。NPO法人「ふれんでぃ」(川崎区)が運営する無料低額宿泊所「堤根寮」は鉄筋5階建てビルを借り上げ、4畳半の個室などに10~80代の男性60人余りが暮らす。

 寮の運営に公的補助はないが、利用料は食費や光熱費を含め生活保護費の範囲内で収まる月10万円程度。ふれんでぃ理事の男性(46)は「空いていても一、二つ。満床状態が続いている」と説明する。

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最終更新:4/17(水) 17:22
カナロコ by 神奈川新聞

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