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高岡 相次ぐ老舗撤退 文苑堂駅前店が来月閉店

4/17(水) 19:58配信

北日本新聞

■売り上げ減「苦渋の選択」

 高岡駅前の代表的な店舗として1946(昭和21)年の開店以来、高岡市民に親しまれてきた文苑堂書店駅前店(同市末広町)が5月26日で営業を終了する。17日、同社が発表した。商都・高岡のシンボルだった高岡大和が8月25日での閉店を明らかにしたばかり。市民はまちなかの老舗の相次ぐ撤退を嘆き、地元商店街や活性化に取り組む関係者は市中心部の深刻な衰退に危機感をあらわにした。

 文苑堂書店駅前店は、高岡駅にほど近く、中心市街地を訪れた買い物客だけでなく、駅を利用する通勤客や学生たちが、列車内で読む本や参考書を買い求める店として長年親しまれてきた。

 1980年代には外商を含め年間約8億円の売り上げがあったものの、中心市街地の衰退に伴ってピーク時の20分の1以下にまで落ち込んだ。近年は3千万円を割り込み、赤字が拡大していた。建物は築50年以上が経過して老朽化している上、耐震基準も満たしておらず、営業継続は難しいと判断した。

 2006年に本店を高岡市福田に、昨年には本社機能を同市駅南に移したものの、文苑堂書店にとっては創業の地として重要な店舗だった。吉岡隆一郎会長は「高岡大和の閉店発表前に営業をやめることを決めていた。会社を生き残らせるための苦渋の選択だ」と悔しさをにじませる。

 同社によると、閉店を決める過程では、県出身の漫画家の故藤子・F・不二雄さんと藤子不二雄(A)さんにゆかりのある店であることから、営業は終了した上で、ミュージアムなどに改装する構想も浮上した。しかし、隣接する建物と棟続きのため単独での耐震工事が難しく、見送った。吉岡幸治社長は「いつかは建物をリニューアルし、市街地活性化に貢献したい」と語った。

 閉店により、文苑堂書店の店舗数は富山県と石川県の23となる。


■「時代変化」「寂しい」
 高岡の書店の代名詞とも言える店が営業をやめるとの知らせに、市民からは「寂しい」「残念」という声が上がった。

 高岡市川原町の郷土史家、樽谷雅好さん(70)は中学生のころから駅前店に通い詰めている。「欲しい本のタイトルを言えばすぐ出してくれる司書のような店員がいて感動した。時代が変わると実感させられる」と残念がった。高岡大和で買い物をした帰りによく訪れたという同市清水町の主婦、大浦秀子さん(69)は「(中心市街地から)お店が一つ一つなくなっていく。寂しい」と語った。

 高岡大和の閉店が発表されて以降、地元には暗いムードが漂う。末広町商店街振興組合の板倉隆理事長は「商店街にとって大事な店だったが、経営判断を尊重するしかない。空き店舗の活用などできる範囲のことから取り組んでいきたい」と話した。

 市中心市街地の活性化に取り組む第三セクター・末広開発の菅野克志社長は「高岡大和に続き、駅前を代表する老舗が撤退するのは大変残念」と語った。駅前にマンションが進出していることから、「食品や書籍を扱う店はまちなかの住民に欠かせない。流れを何としても食い止める必要があり、官民挙げて意地を見せなければならない」と危機感を募らせた。


■藤子さんゆかり ファン「残念」
 文苑堂書店駅前店には、「ドラえもん」「パーマン」などを生み出した高岡市出身の漫画家、故藤子・F・不二雄さんが少年時代に足繁く通った。氷見市出身の漫画家、藤子不二雄(A)さんの自伝的作品「まんが道」にもたびたび登場する。店内にはドラえもんの原画や関連書籍、グッズが並び、県内外からファンが訪れている。

 藤子・F・不二雄ふるさとファンクラブ「Fの会」が運営し、藤子・Fさんが少年時代に暮らした家の跡にある「定塚ギャラリー」(高岡市定塚町)の石黒輝義館長は来館者を何度も駅前店に案内してきた。「ゆかりの場所がなくなるのは大変残念。駅前店の代わりになれるよう、語り部の活動に力を入れていきたい」と話した。

北日本新聞社

最終更新:4/18(木) 0:54
北日本新聞

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