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会津藩家老・田中土佐が長女に託し…戊辰の短刀城下へ 子孫が福島県立博物館に寄託

4/18(木) 8:25配信

福島民報

 戊辰戦争時の会津藩家老田中土佐が自刃前に長女此(この)に託した短刀が十七日、会津若松市の県立博物館に寄託された。土佐のやしゃご木暮陽子さん(70)=神奈川県横須賀市=が夫美奈夫さん(72)と共に持参し約百五十年ぶりに会津に戻った。博物館は公開を検討している。

 陽子さんが先祖から伝え聞いた話によると、幼かった此は会津戦争の際、短刀を持ち炭俵に隠れ城下を逃れた。「何かあったら短刀で喉を突くように」と言われていたという。横須賀(浦賀)に落ち伸びて成長した後に現地の地主で廻船問屋なども営んでいた浅羽家に嫁ぎ、子孫が短刀を受け継いできた。短刀は長さ一六・二センチある。

 陽子さんは幼いころ、此の長女故・浅羽ユキ(陽子さんの祖母)と同居し、短刀が伝わった経緯などを聞いていた。県立博物館は田中家屋敷跡付近にあり「(屋敷跡の)近くに持ってこられて良かった」と話した。

 寄託を受け付けた栗原祐斗学芸員(30)=日本近代史=は「城下の女性の動きを示す証言はあるが物で伝えるのはあまり例がない。切迫した状況を伝える意味で貴重」とした。

■新選組幹部の妻時尾の古写真も

 木暮さん夫婦は、会津藩士の娘で新選組幹部斎藤一の妻となった時尾を撮影した古写真なども寄託した。

 陽子さんの祖母ユキは斎藤の次男剛に嫁いでおり、写真が伝わった。晩年の時尾が鮮明に写り一九〇七(明治四十)年撮影と裏書されている。博物館によると時尾の容姿を詳細に確認できる珍しい写真だという。

 此が幼児を抱く古写真、此の晩年の古写真、斎藤が新選組局長近藤勇からもらったと伝わる根付(帯などに付ける小物)も寄託した。博物館は短刀とともに公開を検討している。

最終更新:4/18(木) 8:25
福島民報

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