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全身で芸人であることを全うした戦後の芸能史を飾った芸人たちのポートレート―田崎 健太『全身芸人ーー本物たちの狂気、老い、そして芸のすべて』若島 正による書評

4/18(木) 7:00配信

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◆遠くなった昭和の文化そのもの

ここに集められているのは、戦後の芸能史を飾った芸人たちの、インタビューをもとにしたポートレートである。わたしの記憶の中にも、その芸人たちの一人一人がしっかりと刻まれている。

ギターをボロロンとやりながら「ボインは――」と歌い出す月亭可朝。「わかるかな? わかんねぇだろうな」の松鶴家千とせ。「笑点」の大喜利で座布団運びをして、頭をかいていた毒蝮三太夫。浅草女剣劇の浅香光代(わたしは京都育ちなので、実演を観(み)たことはないが、大江美智子の早替わりなら子供の頃に南座でしょっちゅう観ていた)。ザ・ピーナッツを演歌にしたような、「津軽の海を越えてきた――」のこまどり姉妹。

こうした芸人たちは、単に記憶の景色の一部を占めているだけではない。彼らは、あの頃に生れ育ったわたしたちにとって、テレビや劇場で日常的に触れることができる、今では遠くなった昭和の文化そのものだった。

驚くべきなのは、彼らが人気の絶頂期を過ぎても、まったく変わることなく芸人であり続けることだ。いや、むしろ、人生を「芸」として死ぬまで演じられる者だけが、文字どおりの「芸人」と呼ばれるのかもしれない。そういう人々を、本書では「全身芸人」という言葉で表現している。

月亭可朝は破滅型芸人の典型で、世間を騒がせ家族に迷惑をかけたが、それでも死ぬまで一攫千金(いっかくせんきん)というギャンブルの夢を忘れなかった。浅香光代は、十六歳の若さで一座を設立するという重責を背負ってから、九十歳を超えた今もなお舞台に立つ。こまどり姉妹は、公演中に妹が刃物で刺され、辛うじて一命を取りとめるという事件の他にも、さまざまな不幸に見舞われながら、今でもステージで歌い続ける。

彼らには「卒業」や「解散」もなければ、いつまでたっても「定年」もない。そのような生き方をほとんど宿命のようにして背負い続けている人が、今の世の中でどれくらいいるだろうか。

こうした芸人たちが舞台を離れた場で語る言葉も、また芸のうちであり、彼らがたどった生い立ちも、それがどれほど辛(つら)くて悲惨なものであろうが、身に付けることのできる勲章である。本当のことを聞き出すはずのインタビューは、そうして虚実ないまぜのものになっているはずだ。

それは読者にとってまったくかまわない。そして、嘘かもしれないもの、口から出まかせかもしれないもののなかに、わたしたちは本当らしいもの、体験に裏打ちされたものを感じ取ってもかまわない。松鶴家千とせの有名なネタ、「俺が昔、夕焼けだった頃、弟は小焼けだった。父さんは胸焼けで、母さんはシモヤケだった」の背後にある、終戦直後の満州からの引き揚げ体験を、著者の田崎健太はこう書く。「千とせが見た<夕焼け>は何不自由ない満州時代のものだったという。そして母の<シモヤケ>は、物置に住みながら、女手一つで子どもを育てた母の荒れた掌(てのひら)だった」

本書は、初出の雑誌連載時には「絶滅芸人」というタイトルだったという。たしかにわたしたちは、こうした芸人たちが生きていた時代が終焉しつつあるという実感を持つ。わたしたちには決して歩めないような道をどこまでも歩んでいる人々として、尊敬に近い念すらおぼえてしまう。

そういう意味では、「絶滅芸人」というタイトルに抵抗をおぼえて、「うちの浅香に向かって、絶滅芸人とは何だ。浅香は今も舞台に立っている」と取材に難色を示したという、良き伴侶であり浅香光代の身の回りの世話を焼く世志凡太は、同じ世界に身を置く芸人でありながら、わたしたちのような一般庶民に近い存在でもある。彼は、著者の田崎健太とともに、私たち読者と、芸に身を捧(ささ)げた「全身芸人」たちとのあいだをとりもってくれる。

わたしが本書でいちばん感動をおぼえるのは、そうした「全身芸人」の周囲にいる人たちの言葉である。芸人たちの磁場に、知らず知らずのうちに影響を受けた人々の言葉である。毒蝮三太夫は、本名の石井伊吉から改名したときに、母親から「お前、蛇になったんだってね。人間が脱皮するのを初めて見た」と言われたという。この母親にしてこの子あり、と大笑いさせられた。

そして、エピローグに置かれた、月亭可朝の娘の言葉によれば、可朝が八十歳で亡くなって納棺のときに、すっかり体が小さくなっていたので、黒紋付きを着せてやったという。すると、「葬儀屋さんが片手をすっと着物に入れたとき、もの凄く格好良かった。がりがりで私の知っている顔じゃないのに、袖を通したら落語家やなぁって」

そうなのだ。どれほど小さな体であろうが、「全身芸人」たちはそれこそ全身で芸人であることを全うした。だから、彼らは狭い舞台の上であっても、わたしたちの家庭にあるテレビという小さな箱の中でも、大きく見えたのだ。

[書き手] 若島 正
1952年京都市生れ。京都大学名誉教授。『乱視読者の帰還』で本格ミステリ大賞、『乱視読者の英米短篇講義』で読売文学賞を受賞。主な訳書にナボコフ『透明な対象』、『ディフェンス』、『ナボコフ短篇全集』(共訳)、リチャード・パワーズ『ガラテイア2.2』など。

毎日新聞 2019年3月31日掲載

若島 正

最終更新:4/18(木) 7:00
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