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のら猫カンボジアをゆく~従軍記者カメラマンの足跡をたどって~(中)

4/19(金) 17:42配信

47NEWS

  シェムリアップからアンコールワットを目指す。

 アンコールとは王宮、ワットとは寺院の意味。

 12世紀前半、クメール王朝のスーリヤヴァルマン2世が建立した寺院だ。

 

 それにしても何故、東南アジア好きの私が、アンコールワットにたどり着くまでこんなにも時間がかかったのだろう。

 

 1983年、ラジオでNHK市民大学講座「東南アジア世界の構造」というシリーズが放送されていた。

 京都大学の東南アジアセンター教授だった矢野暢先生による解説は興味深く、私の東南アジアへの好奇心を刺激した。

 

 このラジオ番組で、初めてアンコール遺跡の魅力に触れた。

 また、アンコールワットを再発見したジョルジュ・セデス博士や、アンコールワットを舞台にした冒険小説『王道』の作家アンドレ・マルロウのことも知るのだった。

 

 初めてアンコール遺跡を発見したのは、19世紀のフランス人探検家アンリ・ムオだと言われている。

 

 ムオは、霞みがかった密林の奥深くにそびえ立つ遺跡を発見したとき「言葉を失うほど震えた」と著書に記している。

 それは、どのような感覚だったのだろうか。

 

 さらに、報道カメラマンの一ノ瀬泰造の終焉の地がアンコールワットだったというのも私の心を動かした。

 一ノ瀬はスクープを狙い、当時ポルポト派クメールルージュが潜伏する最も危険なアンコールワットに近づいて処刑された。

 

 考古学者、探検家、報道カメラマンを魅了する密林に埋もれた遺跡。

 私の好奇心メーターは振り切れそうだった。

 

 3月22日。早朝4時。

 シェムリアップでは、幌付き三輪タクシーのトゥクトゥクを利用していたが、のら猫みたいになついてきた〝トゥクトゥク野郎〟がいた。

 アンコール遺跡は向かうその日も、真っ暗闇の道端で待ち構えていた。

 「グッモーニング、味の素!」

 どうやら日本人と見ると〝味の素〟が口癖らしいそのトゥクトゥク野郎は、味の素のおかげか今日も朝から元気だ。

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最終更新:4/19(金) 18:02
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