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殺され続けながら笑っていた―― SEKIROをプレイして「ボコボコにされる楽しさ」を実感した話

4/19(金) 16:06配信

ねとらぼ

隻狼は2度……いや、もっと死ぬ

 もはや説明の必要もないだろうが、SEKIROは極めて難しいゲームだ。とにかく同じ相手に何度も何度も殺され続ける。普通のゲームはどうしても倒せないような強敵が現れても雑魚を狩ってレベルを上げれば強引にクリアできてしまうものだが、SEKIROはそうもいかない。主人公の能力を上げることもできるがその回数には上限があり、効果も微々たるものなのだ。結局ボスを倒す最も効率的な手段は「プレイヤー自身がスキルアップすること」に尽きる。逆に言えば、SEKIROにおける死はそのほぼ全てがプレイヤー自身の未熟さに起因する。

 しかし、全力でプレイできないもどかしさに比べれば、自分の未熟さを突きつけられた方がまだ良い。低評価をつけているレビューを見ると、「調整不足だ」とか「難しさが度を過ぎている」とか辛辣な意見が非常に多いが、筆者はあまり共感できない。「絶対に勝てない相手に挑むのはただの苦行だが、絶対に負けない相手と戦うのも退屈なもの」――そう考えれば、敗北はゲームプレイにおけるアクセントの一つだ。試行錯誤すれば戦況を有利にする方法も見えてくるし、死んだ回数は糧になる。

 ラスボスである葦名一心と最初に戦ったときも、「絶対に勝てない」と思った。行動パターンは多岐にわたる上、ダメージを与えるほど行動パターンが増えていく。だが10回死んで20回死んで、死んだ回数が数えきれないくらいになった頃には、「倒し方」が少しずつ見えてくる気がした。

 満面の笑みで友人に振り返ってから約1時間後、葦名一心をギリギリで撃破しエンディングを迎えた。友人曰く、葦名一心を倒したとき「かなり強めのガッツポーズをしていた」らしい。死んだ回数は少なく見積もっても50回はくだらないはずなので、ガッツポーズをしてしまうのも無理はない。

 今はSEKIROのトロコンを目指して周回(現在は3週目ハードモードのラスト)しながら、平行してダークソウル2とダークソウル3を1人でプレイしている。いずれも容易にクリアできない“死にゲー”だが、画面に「死」や「YOU DIED」と表示されると、今でもたまに笑ってしまう。

 思い返せば、子どものころから絶対に勝ちたいと思って友人とゲームをやっていたわけではない。負けたってその場が楽しければいいと思っていた。だから、SEKIROのように楽しくゲームができるなら、死んでもいい。

ねとらぼ

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最終更新:4/19(金) 16:06
ねとらぼ

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