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中日ドラゴンズ球団史に輝く俊足巧打の名センター中利夫選手を語ろう!

4/19(金) 10:10配信

CBCテレビ

中選手から中監督へ

20年ぶりのリーグ優勝を果たした与那嶺要監督の後を受けて、1978年(昭和53年)から監督になった。背番号は「30」。しかし、3年間の監督成績は5位、3位、そして最下位と芳しくなかった。リーグ優勝を成し遂げた選手たちが相次いでけがをしたことも不運だった。
1980年のシーズンは開幕から最後まで最下位に低迷し退陣、コンビを組んだ高木守道さんもこのシーズンオフに引退したことは、往年の1,2番コンビの縁だったと思う。
監督に就任した時、投手コーチとして“鉄腕”稲尾和久さんを招へいしたことは、今も記憶に鮮明だ。「あの稲尾が中日のピッチングコーチに来てくれるの!?」と、久しぶりのチーム生え抜き監督の誕生と共に、名古屋の町は沸き立った。

当時、中選手からもらったサインボールを今も大切にしている。「中暁生」と読むことができるので、ちょうど首位打者を獲得した頃の現役選手時代だろう。
そのボールを手に取ると、その知的な笑顔と共に、センターを守っていた背番号「3」の好守が目の前に浮かんでくるようだ。

【CBCテレビ論説室長・北辻利寿】


※中日ドラゴンズ検定1級公式認定者の筆者が“ファン目線”で執筆するドラゴンズ論説です。著書に『愛しのドラゴンズ!ファンとして歩んだ半世紀』『竜の逆襲  愛しのドラゴンズ!2』(ともに、ゆいぽおと刊)ほか。

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最終更新:4/19(金) 13:39
CBCテレビ

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