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【高校野球】「末代までの恥」発言受けた球児が振り返る 今だから分かる敵将の野球愛

4/19(金) 18:01配信

Full-Count

2010年センバツ 開星高校に勝利した21世紀枠・向陽高校メンバーのその後

 先日、とある仕事の打ち合わせの相手と高校野球の話題になった。聞くと、甲子園出場経験があるという。2010年の第82回センバツ、21世紀枠で出場した向陽高校(和歌山)の2年生の時に甲子園の土を踏んでいた。

【画像】「末代までの恥」発言が生まれた試合 第82回センバツ、開星対向陽のスコア詳細

 津村勇宜さんは2年生ながら「2番・三塁」のレギュラーだった。

 高校卒業後、関西学院大に進み、野球部に所属。野球を辞めて大手企業に就職したが、野球への愛情が抑えられず、スポーツマーケティング会社の「SPOLABo」に入社。現在はウェブ上で草野球の記録を残せたり、リーグ戦の運営をするチームマネジメントツール「teams」の制作に携わり、草野球好きにサービスを提供している。

 向陽高校は旧制の海草中学校時代、1939年、40年に夏の甲子園2連覇している古豪。1939年のエース・嶋清一さんは準決勝、決勝でノーヒットノーランを達成した。しかし、招集された太平洋戦争で戦死。「伝説の大投手」として語り継がれ、2008年に野球殿堂特別表彰をされている。

 そんな名門に降りかかった騒動。開星(島根)との対戦後、1-2で敗れた敵将の野々村直通元監督が「21世紀枠に負けて末代までの恥。腹を切りたい。もう野球をやめたいし、死にたい」などと発言。指導者として不適切と世間はバッシングし、ワイドショーなども取り上げて、社会問題になった。

 言われた方はどのような感情を持っていたのだろうか。津村さんは振り返る。

「怒りも不満もありませんでしたよ。傷つけられたという実感もありません」

 世間との温度差はかなりあった。選手たちがその騒ぎを聞いたのは翌日。それも宿舎のテレビで流れてきて知った。ただ当時の野球部長からは一言、注意があった。

「みんなは気にする必要はないけど、違う意味で21世紀枠の自分たちに注目が集まってしまっているから、行動に責任を持つようにという話がありました」

 行動に責任を持つ――。注目をされるということは常に周りから見られることになる。甲子園期間中も、大会が終わって和歌山に帰ったあとも、人として常識の範囲で行動をすること、と部員の中で共通認識を持った。

「ゴミ拾いをしっかりするとか、当たりまえのことをしっかりやろう、とチーム全員がそういう意識を持っていましたね。僕らの軽率な行動で21世紀枠、甲子園出場したことを汚してはいけませんから。全員で徹底できていましたね。そういう意味では僕らにも影響はあったのかもしれませんが……ただ、これは人として当たり前のことですからね」

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最終更新:4/19(金) 19:09
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