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カーデザイン界の問題児3人が作り上げた3台の問題作

4/20(土) 18:15配信

octane.jp

カロッツェリアの競演

販売を困難にしていたのは価格だけではない。1970年代初頭に、カロッツェリアがストラダーレのローリングシャシーを使って未来的なスクウェアシェイプのショーカーを発表したのだ。ミウラに代表される丸みを帯びた1960年代のデザインは、カウンタックに代表されるエッジの効いた1970年代のデザインに取って代わられようとしていた。33ストラダーレのデザインはただでさえ時代遅れになりつつあった。

さらに、それをベースにしたショーカーの製作をアルファ自らがカロッツェリアに依頼して追い打ちをかけたのである。これによって、標準の33ストラダーレが売れる可能性はゼロに等しくなってしまった。

その背景をマルラッキに聞いた。「当代随一のイタリアのコーチビルダー3社にローリングシャシーを与えるというアイデアが、どんな経緯で出てきたのかは分かっていない。とはいえ、ローリングシャシーの提供を除いて、アルファロメオが何かを支払った可能性は極めて低いだろう。アルファの経営陣は、最初から3台を提供することにしていたのか、それとも1台目の成功を目にして他の2社にも機会を与えることにしたのか、それも定かではない。あるいは、他のコーチビルダーから要請があったのかもしれない」

33ストラダーレをベースにした3台のショーカーのうち、最初の1台は1968年10月にパリ・サロンで発表された。それがカラボである。シャシーナンバーは105.33.750.33109で、カロッツェリア・ベルトーネのマルチェロ・ガンディーニの作品だ。カラボ・ベルトーネこそ、この時代のカーデザインの革命を象徴する1台である。あらゆる面で常識を覆していたが、盛り込まれたアイデアはすべて数年のうちに市販車に採用された。ガンディーニ作品の中でも傑作のひとつといえる。その影響はすぐにプロトタイプのストラトス・ゼロに表れ、ランボルギーニ・カウンタックとして結実した。

車高は信じられないほど低く(ルーフまでわずか99cm)、シザードアを採用。フラットな広いフロントウィンドウを含め、ガラスはすべてゴールドにきらめく熱線反射ガラスだ。ベルギーのガラスメーカー、グラバーベル社が開発した新技術で、車への採用はカラボが初だった。そのゴールドの反射と、真珠光沢を帯びた鮮やかなグリーンのボディパネル、エアインテークなどテクニカルパーツのマットな鋳鉄グレー。この姿が車名の元となった。

イタリア語には中性がない。車は普通なら女性だが、"Il Carabo"は明らかに男性だ。この名前は、メタリックグリーンに輝く甲虫のCarabus Auratus(和名:キンイロオサムシ)から来ている。飛び立つ前に羽を広げた姿は、まさにドアを開けたカラボそのものである。

次に33ストラダーレで腕を振るったのがピニンファリーナのレオナルド・フィオラヴァンティだ。翌1969 年10月のパリ・サロンで33クーペ・ピニンファリーナが発表された。ベースとなったシャシーは105.33.750.35115 。実は、前年のフェラーリのショーカー、250 P5 のデザインを適用したものだった。250 P5はレーシングカーとなる予定だったが、スポーツカー選手権のルール変更によってワンオフで終わっていた。

アルファロメオのルラーギは、エンツォ・フェラーリと友好な関係を築いていた。そこで、P5を元にピニンファリーナがアルファのショーカーをデザインしてもよいか、エンツォに打診して了解を得たのである。変更点は少ない。主には前灯のアレンジと、サイドとリアのエアベントの形状だけで、大部分はそのまま使われた。1969年には古くささを感じさせるデザインだったとはいえ、60年代レーシングカーの完璧な曲線は、実に美しい。

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最終更新:4/20(土) 18:15
octane.jp

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