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【その壁を超えてゆけ】プロレスラー大谷晋二郎、いじめ撲滅のために闘う

4/20(土) 14:00配信

日刊スポーツ

「プロレスで、いじめ撲滅」
矛盾のようにも感じられるこのスローガンを掲げ、全国を飛びまわるプロレス団体がある。2001年(平13)に「破壊王」橋本真也(05年7月没)が立ち上げ、彼が去った後、04年から大谷晋二郎(46)が率いてきたゼロワンだ。
プロレスは相手を蹴る、投げる。そして相手に痛みを与えるスポーツ。むしろいじめを想起させるのでは、とさえ思う。だが大谷は言う。
「プロレスでいじめ撲滅なんて、って思う人もいると思うけど、僕はプロレスの力を信じているし、やっている。続けたいんです」
揺るがぬ信念を持ち、全国の子どもたちに約15年間いじめ撲滅を訴え続けている。

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いじめ撲滅運動スタートのきっかけは、橋本真也だった。創始者である橋本が04年にいきなり団体の活動休止を発表した。残されたトップ選手の1人、大谷はスタッフとともにゼロワンの継続を決めた。だが橋本のいない団体に、ファンを引きつける力はなかった。何とかゼロワンを特徴ある団体にしなければと頭を悩ませる中、会議中にふとアイデアが浮かんだ。
「プロレスで、いじめなくそうよ!」
「当時もいじめ問題がテレビ、新聞、雑誌とかで取り上げられて、すごかったんですよ。自分が言った言葉で勇気をもってくれたり、立ち上がってくれたりする人がいたらこんなに幸せなことはない、と思いました」

小学生のとき気管支に腫瘍が

大谷は子どもの頃、プロレスに救われていた。
小学校の低学年、大のプロレスファンだった大谷少年は地元山口に来た新日本プロレスの試合を見るだけでは満足せず、頭に闘魂ハチマキ、首に闘魂タオルを巻き、アントニオ猪木に会いたくて宿舎を訪ねた。ホテルのロビーで警備員に抱えられてつまみ出されたが、そこで猪木が「離してやれ」と呼び戻してくれた。タオルにサインをもらうと、その場で「僕、新日本プロレスに入ります!」と猪木に向かって宣言した。
その数年後の高学年の時、気管支に腫瘍ができ、呼吸困難の発作が起こるようになった。大好きなプロレスごっこが出来なくなった。医師には「手術したら運動はできなくなるけど、普通の生活はできる。まっとうな社会人になろう」と手術を勧められた。だが、プロレスラーになることを夢見る大谷少年はこの勧めを断った。手術を受けずに治療すると決め、実際に運動ができるまでに回復した。そして高校卒業後に上京し、アニマル浜口道場での修行を経て、92年新日本に入団した。

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最終更新:4/20(土) 15:11
日刊スポーツ

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