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平成の和光ウインドウディスプレイ16選、アートディレクターが振り返る

4/20(土) 18:00配信

アーバン ライフ メトロ

平成の銀座を斬新に彩ってきたディスプレイ

 服部時計店の小売部門を継承してスタートした和光(中央区銀座)。銀座4丁目にある本館は、ネオ・ルネッサンス様式の重厚感ある建物で、銀座はもとより東京のランドマークとしても知られる存在です。

【写真】平成の和光ウィンドウディスプレイを見る

 その「顔」ともいえるウインドウディスプレイは、1952(昭和27)年に産声を上げます。3つのウインドウ(ショーウインドウ)を当時は3人のトップデザイナーがそれぞれ担当しました。

 やがて、重厚な建物とは対照的なまでに斬新なデザインが真骨頂に。その芸術性は、商品ディスプレイの域を超えて話題を提供し、銀座を訪れる人びとを魅了する存在となっていきました。

 現在、和光のアートディレクターを務めるのは、同社デザイン企画部部長の武蔵 淳さんです。1990(平成2)年に入社し、先輩のベテランアートディレクター、八鳥治久さんの下で10年間アシスタントを務めました。八鳥さんの後任として武蔵さんに白羽の矢が立ち、アートデイレクターに抜擢されたのは、2000(平成12)年のことでした。

「当時の周囲は先輩ばかり、前任者はこの世界の『大御所』でしたから、正直、かなりのプレッシャーがのしかかりました。当初は自分の力不足を感じることばかりで、会社に行きたくない、ディスプレイを人に見て欲しくない、と思う憂鬱な日が度々ありました」(武蔵さん)

 数々の賞を受賞してきた武蔵さんにそんな時代があったとは、にわかに信じ難くもあります。平成の和光のウインドウディスプレイと共に歩んできた武蔵さんに、自身の転機となったものを含め、思い出深い「平成ディスプレイ」を選んでもらいました。それら16点を紹介します。

 ちなみに、昭和最後のディスプレイは、1988(昭和63)年のクリスマスシーズン用にデザインされたものでした。

武蔵さんが振り返るディスプレイ16選

 16選を年代順に紹介していきます。

【1、1990(平成2)年】
 武蔵さんが和光に入社した直後のディスプレイ。頭に白鳥というマネキンの奇抜なデザイン画を目にした際、「正直、大丈夫なのかな?と思いました」と言って一笑。しかし、出来上がってみると、とてもエレガントであったことに感銘したそうです。マネキン横の棒一本でバレエを連想させる手法、スカーフの効果的な見せ方も印象に残ったと話します。

【2、1993(平成5)年3月】
 壁とマネキンの色を横ラインで精巧に合わせることで、透明人間のように見える視覚効果を演出。商品の靴とバッグが際立ち、和光のウインドウディスプレイを特集した本の表紙にもなりました。

【3、1998(平成10)年2月】
 エンターテインメント性の高いディスプレイが多かったという1990年代の典型で、「ジョーカー」を表現しています。マネキンがトランプから抜け出してきたような躍動感があり、なかでも右端のマネキンのポーズが大胆。「しばらくはこういった動きのあるマネキンを使うことが少なくなっていたのですが、最近、再び注目しています」と武蔵さん。

【4、2000(平成12)年 1月「龍の輪くぐり」】
 ミレニアムという時代の節目を意識した正月のディスプレイ。平成12年の干支が「辰」で、2つのウインドウ(中央ウインドウと東ウインドウ)を使い、13mというショーウインドウの巨大さを活用して、新しい時代への幕開けをダイナミックで力強い龍で表現。

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最終更新:4/20(土) 18:00
アーバン ライフ メトロ

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