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【コラム】凡庸な選手から“ユヴェントスの選手”へ…引退表明のバルザーリが歩んできた道のり

4/20(土) 18:30配信

SOCCER KING

「その時がきた。6月をもって引退する」。4月13日、セリエA第32節・SPAL戦終了後、81分にピッチを後にしていたユヴェントスのアンドレア・バルザーリは清々しく今シーズン限りでの現役引退を表明した。

 対人プレーに強く、高さがあり、鋭い読みで相手チームの攻撃の芽をつむことができる屈強なセンターバック。フランコ・バレージ、パオロ・マルディーニ、アレッサンドロ・ネスタ、ファビオ・カンナヴァーロといったイタリアが輩出した先人たちと比べるとネームバリューに欠けるものの、古き良き守備王国イタリアのサッカーを体現し、3歳下の盟友、ジョルジョ・キエッリーニとともに、イタリアの面子を守ってきた。

 また一人、偉大なプレーヤーがカルチョの世界を去る寂しさは拭えない。バルザーリと同じ1981年生まれであるズラタン・イブラヒモヴィッチ、ダビド・ビジャ、イケル・カシージャスといった選手たちも現役を続けていることから、バルザーリもまだ続けられる道があるのではないかという思いもあるが、近年はケガとの戦いでもあった。本人が言うように“その時”がきたのだろう。

■セリエDから始まったキャリア

 バルザーリは、トスカーナ州のエトルリア人が築いた小さな町、フィエーゾレの生まれだ。187センチ、87キロの体躯は巨漢プレーヤーという表現がふさわしいが、若い時は痩せぎすな選手だったという。サッカーのために勉学に犠牲を払い、夜間学校に通いながらトッププレーヤーを目指した。デビューは17歳。しかし、その場所はセミプロ・カテゴリーのセリエD。プロとして飯は食えても、セリエAにたどり着くには先が見えない場所にいた。それでも、当時所属したクラブのロンディネッラ-小さなツバメ-という名前のように、ここから大空へ羽ばたいていくことになる。2000年にはセリエBのピストイエーゼに移籍。ここでジュゼッペ・ピッロン監督と出会い、ディフェンダーにコンバートする。

「自分はセンターハーフの選手だと思っていたんだけれど、ピストイエーゼで6カ月プレーしていたときに、ピッロン監督にさらに後ろでプレーするようにと告げられんだ」

 対人プレーの強さにばかり目が行きがちであるが、右サイドバックとしてもプレーできることからも分かる通り、足元のプレーも非凡なものを持つ選手である。中盤の選手としてプレーしていたならどのような選手に育っていたのか、興味深いところだ。

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最終更新:4/20(土) 18:30
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