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かつて日本車の中で最もパワフルだったトヨタの1台

4/21(日) 9:21配信

octane.jp

多くのグループAラリーカー同様、トヨタのセリカGT-Four も、名車ランチア・デルタ・インテグラーレの影に隠れてきた。しかし、それは正当な評価とはいえない。なにしろセリカは、カルロス・サインツ、ユハ・カンクネン、ディディエ・オリオールをWRCチャンピオンにし、トヨタにも1993年と1994年に2回タイトルをもたらしたのだ。1986年の発売当時、出力185bhpを誇るST165 GT-Fourは、2.0リッターの日本車の中で最もパワフルなモデルだった。

イギリスでは1988年に発売されたが、無鉛ガソリンが一般的ではなかったため、当初の売れ行きは芳しくなかった。アメリカではセリカAll-Tracの名で発売されている。

翌1989年に改良を受けたST185 GT-Fourが誕生。丸みを帯びたボディとなり、ターボ搭載で出力は225bhp に向上し、トルクセンシング式LSDを装備した。1991年にはWRCのホモロゲーション取得を目的としたRC(ラリー・コンペティション)バージョンが登場し、イギリスではカルロス・サインツ・エディションと呼ばれた。この仕様は、ホイールアーチが拡大し、新たな水冷式インタークーラーを搭載。

ボンネットにはタイミングベルトの冷却を助けるエアインテークが設けられた。トヨタは1993年にユハ・カンクネンと、1994年にはディディエ・オリオールと共にマニュファクチャラーズタイトルを連覇した。

1994年に登場したGT-Fourの3代目にして最後のモデルは、公道仕様のセリカの中で最も開発が進み、最高の性能を誇った。風洞で磨かれた背の高いリアウィングは、100km/h で50kgのダウンフォースを発生。オプションのハイマウントを取り外せば外観の繊細なイメージを生かすこともできた。それまでポップアップ式だったヘッドライトは丸目4灯に変わり、出力は255bhpに向上した。

WRCのホモロゲーション取得のために製造された2500台は、WRCチームが必要としたアンチラグシステムやウォーターインジェクションなど、競争力強化のための装備をすべて搭載していた。1995年シーズンが始まると、セリカのスピードは目立って向上していたが、少々目立ちすぎたのかもしれない。規定の吸気リストリクターを回避する仕組みが隠されていることをFIAが見つけ出し、トヨタのポイントは剥奪され、1年間の出場停止のペナルティーが科された。

高価だったためイギリスでの販売台数は限られた。また、フォード・エスコートRSコスワースや実用性で上回るスバル・インプレッサ・ターボといった強力なライバルに押されたこともあり、大半は日本国内で販売された。GTFourの販売はイギリスでは1996年に終了したが、日本では1999年まで続いた。

その優れたオフロード走行能力には今でも感心させられる。硬いサスペンションや正確なステアリング、強力なブレーキなどもすべて効果的だ。エンジンサウンドは格別素晴らしいわけではないが、ブースト時のパワーは痛快極まりない。5段ギアボックスはギア比の設定が適切だし、四輪駆動だからトラクションやグリップに困ることもない。

セリカGT-Fourを買うべき理由は山ほどあり、むしろ買わない理由はないくらいだ。独特のスタイリングは魅力を増しているし、今のところ良識的な金額で手に入る。だが、何より重要なのは、これがグループAのホモロゲーションを受けた純粋なラリーマシンであることだ。

立派な戦績もさることながら、今や伝説の名車となったインテグラーレをその得意の舞台で打ち破った車なのである。

Octane Japan 編集部

最終更新:4/21(日) 9:21
octane.jp

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