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木村昴 ジャイアンがあったから関われた「ヒプノシスマイク」

4/21(日) 10:03配信

BuzzFeed Japan

「聞いてほしくないことですか? ないっすね。全くない」

豪快な笑い、よく通る声、大きな体。アディダスのパーカーに身を包み、やんちゃな空気を漂わせる木村昴は、ジャイアンそのものだった。

【動画】声優・木村昴が語る「俺とジャイアン」

14歳でアニメ「ドラえもん」ジャイアンの2代目声優に抜擢され、4月で15年目。人生の半分をこの役とともに過ごしてきた。

木村は今、ヒップホップカルチャーとオタクカルチャーを融合させ、人気のコンテンツ『ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-』の中心声優として、若い世代から注目を浴びる。


お茶の間と最先端カルチャー。2つの世界を、マイク一本を武器にフリースタイルにわたる声優は、いかにして生まれたのだろうか。
【BuzzFeed Japan / 徳重辰典】

音楽と変わり者の母

音楽と変わり者の母ライプツィヒ。ドイツ中東部にある緑豊かな都市は、バッハ、リスト、ワーグナーらとゆかりある音楽の街として知られる。木村はこの地で、オペラ歌手の父、バロック音楽のソリストの母の間に生まれた。

絶対音感を持つ母は、木村が部屋でおならをすると「今のは、ミ」と語り、「周りのしゃべり声が不協和音に聞こえる」と授業参観から帰ってしまう。少々風変わりな人だった。

母の夢は、息子がオーケストラのコンサートマスターとなり、その演奏で歌うこと。木村は4歳からバイオリンの英才教育を受けた。

わずかな音のズレも許されない厳しい母のもと、中学2年になるまでバイオリンを続けたが、嫌で嫌で仕方がなかった。

「あまりに嫌すぎて、コンクールでバイオリンを演奏しながら、バッターンと失神したこともあります(笑)。その直後のレッスンの際、先生の前でバイオリンケースを開いた瞬間にまた倒れた。2回目の失神。さすがに母ちゃんも見かねて、バイオリンから解放されました」

母は目標に対してまっすぐな道ではなく、思いつかない横道から前に進むよう教えてくれる人でもあった。7歳のとき、木村は家族とともに日本にやってきた。

日本語はほとんどしゃべれず、クラスで浮いていた息子に対し、母は児童劇団を勧めた。

「日本語を勉強するために劇団に入るって、めちゃハードルが高くないですか。日本語を知らないから、劇団で言っていることはわからない。行くのが嫌でしょうがなかったんですよ」


毎週末のレッスンでは、芝居はもちろん、ダンス、ボーカルレッスン、タップダンスと様々なものを教わった。

言葉はわからない。でも何だか楽しい。発表会でミュージカルに出演し、舞台に立つ面白さも覚えた。嫌という感情はなくなり、気づけば歌と芝居が大好きになっていた。

11歳のときにはミュージカル『アニー』のオーディションに合格し、プロのステージに立った。

「ステージに立って『ここだ!僕はここでやっていくんだ』って完全に思い、ミュージカル俳優を志すようになりました。チャンスをくれた母には感謝し切れないです」

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最終更新:4/21(日) 19:09
BuzzFeed Japan

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