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市自ら選んだ「攻めの鉄道廃止」 JR石勝線夕張支線、代替バスはどう「進化」したのか

4/21(日) 6:02配信

乗りものニュース

利用者数はピーク時の16分の1に

 2019年3月31日(土)をもって127年の歴史に幕を閉じたJR石勝線の夕張支線(新夕張~夕張間16.1km)。この鉄路に代わり運行を開始したのが、夕張市に本社を置く夕張鉄道(夕鉄バス)が運行する路線バス「夕張市内線」です。鈴木直道前夕張市長(現北海道知事)による「攻めの廃線提案」から3年弱かけて運行実現に至ったこのバスには、これまでの鉄道代替バスの事例にとらわれない、持続可能な交通体系への実現を成しとげようとする夕張市の姿勢が見えてきます。

【写真】「夕張支線最後の日」「代替バス最初の日」の様子

 夕張に鉄道が開通したのは、1892(明治25)年11月。北海道炭礦鉄道室蘭線の支線として追分~夕張間が開通し、その後の国有化により、国鉄夕張線として営業を続けていました。

 その後、1981(昭和56)年10月に石勝線の千歳空港(現在の南千歳)~追分間と新夕張~新得間が開業。新規開業区間と夕張線が統合され、新夕張~夕張間は石勝線の支線という位置づけになります。

 戦後、石炭輸送に支えられていた同線も、炭鉱閉山後の沿線人口減少で利用者が大きく減少。輸送密度(1日1km当たりの平均輸送量)も、2017年の数字で69人/日と、ピーク時の16分の1にまで落ち込んでいました。

 JR北海道の島田社長は、2016年7月29日の記者会見で、厳しい経営環境と北海道内の人口減少などを理由に、鉄道事業を抜本的に見直すため、同年秋までに「JR単独では維持困難な線区」を公表し、地元自治体との協議に入りたい旨を正式に発表。この時点では具体的な路線名、線区の公表はありませんでしたが、利用が大きく落ち込んでいた石勝線夕張支線も対象になると見られていました。

市自ら「攻めの廃止提案」へ

 そのようななか、2016年8月8日、夕張市の鈴木直道市長(当時)がJR北海道本社で島田社長と会談し、次のような提案をします。

・交通網見直しへの協力。
・地元の求めに応じた無償譲渡などJR所有施設の有効活用。
・JR社員の夕張市への派遣。

 これらを条件に、石勝線夕張支線の廃止を自ら提案(いわゆる「攻めの廃線提案」)。代替交通への協力を要請したのです。JR北海道は検討の結果、同年8月17日に前途3条件について全面協力することを約束し、新夕張~夕張間の鉄道事業廃止を正式に申し入れました。

 その後、JR北海道は社内に夕張市内の交通体系見直しなどに協力するプロジェクトチームを設置し、課長級の社員1名を夕張市へ派遣します。さらに、2018年3月23日、夕張市とJR北海道は、新夕張~夕張間の鉄道事業廃止について、次のような条件で最終合意に至ります。

・鉄道事業廃止日を2019年4月1日とすること。
・JR北海道は、夕張市に対して、持続可能な交通体系を再構築するための費用として7億5000万円を拠出すること。
・JR北海道は、夕張市が南清水沢地区に整備を進めている拠点複合施設に必要となる用地を一部譲渡すること。

 こうして、同年3月26日、JR北海道が国土交通大臣宛に石勝線夕張支線の鉄道事業廃止届を提出し、2019年4月1日(月)、石勝線夕張支線は正式に廃止されたのです。

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最終更新:4/21(日) 11:51
乗りものニュース

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