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沈黙を強いる力に抗って 世田谷一家殺人事件の遺族を苦しめてきたもうひとつの傷

4/21(日) 11:11配信

BuzzFeed Japan

世田谷一家殺人事件を覚えているだろうか?

2000年の大晦日、東京世田谷区の住宅で宮澤みきおさん(当時44)と妻の泰子さん(同41)、長女にいなちゃん(同8)、長男、礼君(同6)の一家4人が命を奪われ、いまだに犯人は見つかっていない事件だ。

宮澤家の隣に母と共に住んでいた泰子さんの姉、入江杏さん(61)は事件後6年目に初めて外に向かって語り始めた。そして、この18年間、犯罪被害者だけでなく、病気や震災、事故の遺族らそれぞれの死別に苦しむ人たちとつながって悲嘆のケア(グリーフケア)を考え続けてきた。

入江さんが毎年12月に開いているのが「ミシュカの森」という、グリーフケアを考える集いだ。ミシュカは、入江さんの息子がにいなちゃんにあげた熊のぬいぐるみ。4人と遺族を結び、亡き人を悼む気持ちの象徴となっている。

昨年12月に開かれたミシュカの森で、入江さんは同居していた母(故人)が事件や大事な家族の思い出からも目を背け続け、悲嘆の中で亡くなったことを明かした。

母を苦しめていたもの、母に沈黙を強いた力はなんだったのか?

母と別の道を探し、「亡き人との出会い直し」を求め続ける入江さんに、当事者が語ることの意味についてお話を伺った。
【BuzzFeed Japan Medical / 岩永直子】

なぜ沈黙を選ぶのか? 遺族を苦しめるもの

2000年12月31日の朝、一緒におせち料理を作ろうと隣に住む泰子さんに声をかけに行った入江さんの母が第一発見者だった。

「泰子たちが! 隣が全員殺されちゃったみたい!」

4人の遺体を目の当たりにした母が転げるように戻って叫んだその瞬間から、穏やかだった一家の生活は一変した。

母は自宅に引きこもり、友人との交流も一切絶った。同居していた入江さん一家にも被害者の遺族だと知られないよう、口をつぐむことを求めた。

「事件との関わりを世間に知られると、住む場所を追われる、私の夫の仕事がなくなる、息子が学校でいじめられ、就職や結婚の道も閉ざされる。そんな母の強い懸念を前にすると、私は沈黙せざるを得ませんでした」と入江さんは振り返る。

母が家族のことを話せた相手は、連日、訪ねてくる警察官だけだった。

「母の最初の語りの聞き手は警察官でした。でも警察は遺族のグリーフケアのために仕事をしているわけではありません。社会との縁が絶たれてしまったので、母は事件の被害者の文脈でしか話せなくなりました」

連日のように訪ねて来ていた警察官も、いつしか足が遠のいた。話し相手は家族だけになった。

「ずっと、『辛い』という話ばかりで、私も相手をするのが大変な時期がありました。楽しい思い出話や笑える失敗談も話せなくなると、他のことへの興味もなくなり、過去に家族で一緒に楽しんだこともできなくなるという状態でした」

母は事件後、「涙が出なくなってしまった」と嘆いていた。

「母はあれほど可愛がっていたにいなちゃんのことを話すことができなくなりました。泣きたくても泣けない。夢で会いたくても夢の中にも出てきてくれない。母にとって、亡き人との出会い直しが叶わなくなってしまったことがもっとも苦しかったのではないかと思います」

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最終更新:4/21(日) 11:11
BuzzFeed Japan

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