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沈黙を強いる力に抗って 世田谷一家殺人事件の遺族を苦しめてきたもうひとつの傷

4/21(日) 11:11配信

BuzzFeed Japan

傷ついた人に刻まれた「スティグマ」

その後、母をそのように苦しめていたものはなんだったのかという模索が入江さんの中で始まった。

「傷ついている人に沈黙を強いるものの正体は一体何なのか、どうしてもはっきりしなかった。その後、私は自分の体験を外に向かって語り始めるのですが、自分の中でも語ることに違和感があった。自分の語る意味は何なのだろうかと」

ずっと自問自答していた入江さんにヒントを与えてくれたのは、2018年10月、杉田水脈議員の「生産性がない」発言を受けて、東京大学先端科学技術研究センター当事者研究分野准教授の熊谷晋一郎さんが「スティグマ(負の烙印)」について語った講演だった。

自らも脳性まひによる身体障害を抱え、障害や性的指向をはじめとするマイノリティに負のレッテルを貼り、排除する社会のからくりを読み解こうとする熊谷さんの語りだ。

「犯罪被害者の遺族もそうですが、自分の中の内なるスティグマが自分を苦しめているのではないかとはっきりしました。母は礼君が障害を持って生まれたことも、犯罪被害者遺族になったことも『恥』と受け止めていました。私はその恥の意味を、自分の中の内なるスティグマなのだと理解したんです」

そして、自分が過去と向き合い、沈黙を破って外に向かって語り始めたことの意味もわかったような気がした。

「熊谷先生のお話の中で、スティグマの解消には当事者の語りが役立つとあった。ああ、そうかと、自分の体験を自分の言葉で語り直すことでスティグマをほどいていっているのだと、初めて意味を見出せたんです」

相模原事件「私の心の中にもある感情?」

2016年7月26日未明、相模原事件が起きた時、改めて入江さんは母や自分が抱えてきた苦悩に直面させられた。

「19人の命が奪われて、犯人の映像も衝撃的でしたが、何より『亡くなった方が幸せな命がある』という犯人の考えに自分も向き合わざるを得ないものを感じました。『なんてひどい事件なんだ』と言いながら、もしかしたら自分の心の中にもそういうかけらがあったのではないかと、改めて立ち戻らされる事件でした」

相模原事件では、遺族が当初、被害者の名前や顔を伏せたがっていたということも話題になった。

「それは、礼君の障害のことや、大事な人が亡くなったことを伏せようとする母の姿に重なりました。母は私がマスコミに顔を出すのを嫌がっていたし、犯罪被害者の遺族になったことで世間に顔向けができないような言い方をしていました」

「だけど、よく考えてみれば、何も悪いことをしているわけじゃない。それなのに母は、今まで築いてきたものが全て壊れてしまったという捉えようでした。妹の家族に礼君が障害を持って生まれてきた時と同じ反応です。世間の評価に対して母が持っていた恐れが、自分の中に住み着いてしまった」

そんな母の気持ちを忖度して生きてきた自分にも気づく。

「私自身はもしかして、すごく母に肯定されようと、否定されないように生きてきたんだなと思ったんです。母にとっては受け入れられる子供とそうでない子供がいて、私はそこそこ受け入れられるように生きてきた」

「妹も受け入れられる子供だったのに、障害がある子供を産んでしまったり、事件に巻き込まれて亡くなってしまったりしたら、全部否定されてしまう。それがすごくショックでした。ただ、その時はすぐにはわかりませんでした。徐々に気づいてきたことです」

事件後、目の病気が進んで失明した母は自身のことを「お荷物な存在」と捉え、自殺未遂までした。否定の刃は最終的に自分自身に向かった。

「母に気に入られようとして生きてきた自分に、私自身が向き合わなければなりませんでした。老年になった母の考えを全否定することもできず、母は母なりに看取りました。でもやはり私の心の中で線を引いてしまったところもあります」

「事件以来、私は母と違う生き方を選ぶんだとずっと抗って生きてきたような気がします。苦しむ人と歩み、しかも絶望しないで歩むためには、沈黙を強いるメカニズムの正体を探らないといけない。何を恐れて、苦しみや悲しみをなかったことにしなければいけないのか、探す旅が始まったのです」

(続く)

岩永直子

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最終更新:4/21(日) 11:11
BuzzFeed Japan

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