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日本最大のインド人街を支える「江戸川インド人会」とは何か

4/21(日) 14:00配信

アーバン ライフ メトロ

「2000年問題」の助っ人だった来日インド人

 東京の東端に位置する西葛西(江戸川区)は、日本でもっとも多くのインド人が住むエリアとしても知られています。自転車の後部座席に赤ちゃんを載せた女性から、せわしげに電話をするビジネスマンまで、その数、約3000人といわれています。

【写真】スパイシーさがたまらない、インド版 天ぷら「パコラ 」!

 西葛西にはなぜインド人が多いのでしょうか。この答えを知るためには、時計の針を1998(平成10)年まで戻す必要があります。

 日本の金融機関は当時、「2000年問題」の対応に追われていました。「2000年問題」とは、西暦2000年以前に作られたコンピュータの一部が、2000年1月1日に不具合を起こすとされていた問題。これを解決するために「助っ人」として日本に呼ばれていたのが、IT大国・インドの若手技術者たちでした。

 彼らの大半は、大手町や茅場町などで働いていました。しかし、次第に大きな問題に直面するようになったのです。それは「衣」「食」「住」文化の違い。特に「食」の違いは深刻でした。

 インドは多宗教国家。その中でも大多数を占めるヒンドゥー教徒にはベジタリアンが多く、日本の料理を食べられないというケースが頻発していました。そのような彼らを支えた組織が西葛西にあったのです。在日インド人実業家のジャグモハン・チャンドラニさんと、彼が立ち上げた互助会「江戸川インド人会」です。

ふたを開けてみたら……

「いやぁ、あのころは本当に大変でしたよ。ワッハッハッハッハ」

 ここは西葛西のインド料理店「スパイスマジック カルカッタ 本店」。流ちょうな日本語で豪快に笑っているのは、同店を経営するチャンドラニさんです。チャンドラニさんはトレードマークの白く長い髭を揺らしながら、パコラ(インド風の野菜天ぷら)をつまんでこう話します。

「1998年ごろから、西葛西で若いインド人を多く見かけるようになったんですね。彼らはいつも街なかをうろうろしていました。『いったい何をしているのだろうか』と疑問に思ったので、西葛西に長年住むインド人の知り合い数人と話し合い、江戸川区にある施設の会議室を借りました。彼らを一度集めて話を聞くためにね。8月の週末だったかなぁ」

「来てもせいぜい数人だろう」とチャンドラニさんたちは考えていました。しかし、集まったのは、なんと30人以上。全員が男性のIT技術者たちでした。

「彼らに話を聞いたら、『自炊をするために家を探していた』と。当時、彼らは都心のホテルに住んでいましたから、食事といったら外食しかないわけです。でもベジタリアンだから日本の料理が食べられないと。ですから、自分で家を借りて自炊をするしかないと考えていたのです」

 しかし彼らの前に立ちふさがっていたのが、日本独特の「保証人」「敷金・礼金」という賃貸契約の仕組み。自国では時代をけん引するエリートである彼らも、日本ではいち外国人。ましてや日本企業との契約が終わったら、インドへ帰る身です。

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最終更新:4/21(日) 17:55
アーバン ライフ メトロ

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