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木村草太の憲法の新手(102) 夫婦別姓訴訟(下) 同姓のみ婚姻許すのは不平等 個人の選択を不当に区別

4/21(日) 9:10配信

沖縄タイムス

 前回は、サイボウズ社長の青野慶久氏らが提起した夫婦別姓訴訟の論理を検討した。原告らは、民法750条自体の合憲性を前提に、「夫婦は民法上同氏になるものの、戸籍上の氏だけは別氏とする制度がないのは平等権侵害だ」と主張していた。

 この主張には、なるほどと思わせる点もあるが、「民法上同氏だが戸籍上は別氏」という状態は混乱を招くとする東京地裁の論理にも説得力があることが分かった。

 今回は、夫婦別姓問題をどのように考えるべきかを検討してみたい。

 そもそもの出発点として、選択的夫婦別姓を求める根本的な理由をどこに求めるべきだろうか。

 この点、夫婦別姓を求める者の中には、「家」や「家の墓」を継承したい、あるいは、「家の名前」は自分のアイデンティティーに不可欠だ、といった論理を採る者もいる。

 しかし、憲法13条は「すべて国民は、個人として尊重される」ことを権利論の出発点に置き、憲法24条は旧家制度を廃止し「個人の尊厳と両性の本質的平等」に基づく家族法の制定を求めている。このため、「家」やその名前を継承する権利として、夫婦別姓を求める考え方は、憲法上の権利論として妥当でない。

 また、2015年最高裁判決で問題となった「女性に対する不平等な扱いだ」との主張も、妥当でない。最高裁が述べたように、民法自体は、男女で扱いを変えていない。そもそも、夫婦同氏制は、「婚姻時、女性に夫と同一の氏を名乗る権利を与える」という文脈で導入されたものでもあるため、女性差別の主張には違和感もある。

 そうすると、夫婦別姓を求める憲法論は、「家」や「性別」といったアイデンティティーではなく、「個人の選択」に立脚して組み立てねばならない。具体的には、以前にも紹介した通り、「同氏を選択した者同士は法律上の婚姻ができるが、別氏を選択すると法律上の婚姻の効果を得られない」という区別の不平等を主張するのが、最も筋の通った憲法論になるはずだ。

 驚くべきことに、報道によれば、今年3月28日、東京家庭裁判所立川支部は、こうした憲法論に基づく婚姻届受理の申し立てを、15年最高裁判決を理由に却下したという。

 しかし、15年判決は、男女不平等の主張に対する判断にすぎない。それにもかかわらず、「同氏を選択するか否かによる区別」に基づく不平等の主張に対して、15年判決を援用する東京家庭裁判所立川支部の態度は、同判決の射程を見誤っていると評価せざるを得ない。

 今後、青野氏らや、東京家裁立川支部の申立人らは、一審の内容を精査した上で、控訴することだろう。さらに、この二つの訴訟以外にも、数多くの夫婦別姓を求める訴訟が起きている。

 過去にも、最高裁が一度合憲と判断した条文について、繰り返し違憲の主張がなされ、違憲無効の判決が出たことはある。外国に目を向けても、アメリカでは、小中学校での人種分離の違憲判決を勝ち取るまでに、なんと100年近い時間がかかっている。 私たちは、権利を勝ち取るため戦う人々を、しっかりと応援していくしかない。(首都大学東京教授、憲法学者)

最終更新:6/3(月) 15:55
沖縄タイムス

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