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元熱烈阪神ファンの松井氏の「阪神不安」 巨人・岡本に同じ思いさせないで

4/22(月) 16:32配信

東スポWeb

【楊枝秀基のワッショイ!スポーツ見聞録】阪神が巨人を相手に開幕から6連敗…。誰もいなくなった甲子園のスタンドを眺めていると、過去のある場面を思い出した。

 巨人が日本一になった2002年シーズン。巨人からすれば4番・松井秀喜氏(現ヤンキースGM特別アドバイザー)の打棒で快勝という展開。そんな試合後の東京ドーム駐車場で、松井氏が「今年の阪神、大丈夫かなぁ」とつぶやいた。少年時代から大の「阪神ファン」だった当時のゴジラは、暗黒時代に苦しむ虎を心配する「阪神不安」となっていたのだ。

 普通なら「よその心配する暇あったら自分の心配せんかい」となるところ。しかし、当時の松井氏の虎好きは有名だった上に、人格者であるキャラも定着済み。阪神の低迷ぶりもひどすぎたため「ご心配もごもっともですなあ」と変に納得したことを覚えている。

 松井氏はミスタータイガースの掛布ファンだった。その掛布氏に憧れて右打ちから左打ちになったのは有名な話だ。1985年の阪神日本一の時には小学5年生で、テレビを通してその模様に歓喜した一人だ。

 そして「亀山、新庄フィーバー」で阪神が優勝争いを演じた92年オフ、松井氏は運命のドラフトに臨んだ。入団を希望する阪神を始め巨人、中日、ダイエーの4球団競合で1位指名された。結果は長嶋新監督が当たりくじを引き当て巨人入り。そこから10シーズンNPBで実績を積み上げ、03年にはヤンキースにFA移籍するまでに成長した。日本球界在籍中はずっとBクラスだった阪神にひそかにエールを送りながら、自らはレジェンドとなっていった。

 阪神とは不思議な縁もあった。松井氏の外れ1位で阪神に入団した安達智次郎氏(故人)は、若き日に励まし合った親友だ。それぞれ石川・星稜高の4番、兵庫・村野工高のエースとして甲子園に出場し同期でプロ入り。思うように結果を出せずに引退した安達氏が神戸三宮に焼酎バーをオープンした際には、背番号と同じ55ケースのビールを贈り門出を祝った。現地にも訪問し阪神談議に花を咲かせていたのは神戸では語り草だ。

 時は流れ、時代は平成から令和に移り変ろうとしている。松井氏の座っていた巨人の4番には22歳の岡本和真がいる。なんと、岡本も関西の奈良・智弁学園出身とあって「小さいころは阪神ファン」。ここで現在の猛虎にお願いしたい。岡本を「阪神不安」にはさせないであげてください。

 ☆ようじ・ひでき 1973年8月6日生まれ。神戸市出身。関西学院大卒。98年から「デイリースポーツ」で巨人、阪神などプロ野球担当記者として活躍。2013年10月独立。プロ野球だけではなくスポーツ全般、格闘技、芸能とジャンルにとらわれぬフィールドに人脈を持つ。

最終更新:4/22(月) 16:32
東スポWeb

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