ここから本文です

それは三木谷浩史社長の「決断」から始まった。証券トップがいま明かす、楽天グループ金融事業「創世記」

4/23(火) 12:10配信

BUSINESS INSIDER JAPAN

4月1日、次なる発展段階へと向かって、グループ間シナジーを最大化するための大きな組織改編を行った楽天グループ。

【全写真を見る】それは三木谷浩史社長の「決断」から始まった。証券トップがいま明かす、楽天グループ金融事業「創世記」

その中核となる金融事業は、実は銀行でもカードでもなく、証券への進出から始まった。舞台裏をよく知る楽天証券の楠雄治社長が、楽天グループ金融事業の「創世記」を隅から隅まで語ってくれた(聞き手は立教大学ビジネススクール・田中道昭教授)。

1980年代、人工知能を扱うエンジニアに

田中:ネット証券は、SBIホールディングスの北尾吉孝さんやマネックス証券の松本大さんのように、金融出身の創業者がトップを長く務めるケースが多い印象がありますが、楠さんとカブドットコム証券の齋藤正勝さんは異色のシステム系出身。キャリアはご自身で選ばれたのですか。

楠:そうです。ネット証券は堅固で安定的なシステムがあってこそ成り立つビジネスなので、まったくの畑違いという感じはありません。楽天証券とカブドットコム証券にはオペレーション重視という共通点があると思っていますが、そこはやはりシステム系出身者が経営しているからなんでしょう。

田中:システム系を選ばれたのには、何か理由があるのですか。例えば、学生時代にこんな経験をしたから、とか。

楠:学生時代(広島大学)はシステムも何も関係ない生活でしたね。NHK広島放送局で報道カメラマンのアシスタントに没頭し、授業にもほとんど出てなくて。おかげで大学生活はあっという間の「5年間」でした(笑)。

卒業後最初に就職したのが、日本ディジタルイクイップメント株式会社(現日本ヒューレット・パッカード株式会社)で、当時IBMに次ぐ世界第2位のコンピューター会社だったんです。人工知能(AI)を応用してシステム構築を行うナレッジエンジニアとして、主に金融機関向けのアプリケーションをつくっていました。

もう少し詳しく言うと、銀行間の資金移動に使われていたテレックスの構文解析を、パターンマッチングという手法でAIエンジンを改造しながら、1日1000件ほどこなしていました。1987、88年ごろのことですね。当時はコンピューティングパワーがまだ弱く、処理速度が遅かったので、そのうちC言語に書き換えたら一気に速くなって……人工知能の応用と言っても、まだまだそんな黎明期の話です。

1/5ページ

最終更新:4/23(火) 14:37
BUSINESS INSIDER JAPAN

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事