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独立リーグでの監督業~二岡智宏が笑顔の裏で抱える苦悩

4/23(火) 7:20配信

スポーツ報知

挑戦が始まった

大粒の雨が地面をたたき付けていたと思ったら、次の瞬間に青空が広がったりする。

富山・高岡の今年の春はなんだかよくわからない天気に見舞われていた。
そんな空模様と同じように、独立リーグ・BC富山の二岡智宏監督(42)の表情も、晴れたり、曇ったりだ。

【写真】元日本ハム同僚対決に「やりづらい」

高卒新人の18歳や、20代前半の若手選手たちの前で、二岡監督は柔らかな笑みを浮かべていた。
体幹を鍛えるトレーニングの一環で、メディシンボールを投げている選手たちとの談笑。だが、聞こえる若手たちの言葉がおかしい。

「~でしょ?」「あ、なるほどね」
指揮官を相手に、敬語はどこに行ったのか。

二岡を知る巨人の若手選手たちがその会話を聞いていたら、きっと青ざめる。
「二岡さんを怒らせたら、マジでやばいです」
G戦士たちの間では、いつだって“二岡注意報”が発令されていた。

「そんなことでキレませんよ。選手たちが萎縮するのが一番嫌だからね」
そう言って、二岡はまた笑った。

何のために、独立リーグの監督になったのか-。その答えを体現していた。

監督になりたい

広島・広陵高時代からプロに注目され、近畿大を経て逆指名で巨人入り。NPBでスタープレーヤーとして君臨した男にとって、独立リーグは無縁の場所にも見える。

だが、自ら就職活動して、この地にやってきた。

トレードで日本ハムに移籍して現役引退後、古巣・巨人では2軍、1軍と計3年間打撃コーチとして指導していた。

「選手が育っていく、うまくなっていくということに、すごく楽しみがあった」

目覚めていく自分の中の指導熱。
「NPBってやっぱり、コーチがいっぱい居る。打撃コーチだって、一人じゃない。だから、選手に対しても、自分が育てた、とかそういう風に思わないし、思えなかったよね」

そして、野望は生まれた。
「自分の思い通りにやってみたい」

チームのトップになるために-。巨人退団を決めた10月終わり、BCリーグの事務局に連絡を入れた。
「どこか監督を探しているチームはないですかね?」

伝え聞いた富山はすぐに動いた。永森茂球団社長は、すぐに上京して二岡に監督要請をしようとした。

「いえ、僕が富山に伺います」

知名度抜群の指揮官誕生。
「二岡さんが来たら、今年は優勝やちゃ!」
地元・高岡のファンは盛り上がった。

「NPBで活躍する選手を1人でも多く輩出したい」
就任会見で、二岡監督はそう言った。
いや、それだけじゃない。一流の選手として戦ってきた男は、ファンの期待も裏切らない。

「育成のつもりで来たけど、やるなら勝ちたい、って思う。そういう環境で育ってきたし、勝負事に厳しい血が流れてるからなあ。オレは一番の負けず嫌いだから。それは間違いない」

だからこそ、育てる一方で勝つチーム作りも真剣だった。

監督就任後に着手したチーム編成。巨人との契約が一度白紙になった、巨人時代の同期入団、上原浩治に電話を入れた。

「契約が決まらないなら、ウチに来いよ。背番号19を用意して待つよ」

「メジャーという舞台で戦ってきた男だから、勝負に対しての意識も半端ない。あいつが来てくれたら、選手にもいい見本になるし」

上原入団は叶わなかったが、そんな思いを持った日もあった。

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最終更新:4/23(火) 7:20
スポーツ報知

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