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西武ライオンズの先祖に“幻の球団歌” 1950年に1シーズンだけ存在「西鉄クリッパース」

4/24(水) 9:59配信

西日本新聞

 「福岡を本拠地とした初のプロ野球球団、西鉄クリッパースに球団歌があったことをご存じですか?」。NPO法人西鉄ライオンズ研究会理事の松永一成さん(55)=佐賀市=から特命取材班に調査依頼が寄せられた。クリッパースは西鉄ライオンズの前身で、埼玉西武ライオンズのルーツでもある。ちょうど70年前に設立され、1年だけ存在した球団だ。「20年来探しているんですが、歌詞もメロディーも分かりません。ぜひ聴きたいです」。松永さんの願いをかなえるべく、“幻の球団歌”を追った。

【写真】平和台球場で練習する西鉄クリッパースの選手たち

 松永さんは、ライオンズの歴史を語り継ぐ同研究会の活動中、球団歌の存在を知った。正式名称は「西鉄野球団歌」、作詞サトウハチロー、作曲は福岡県大川市出身の古賀政男だと突き止め、関係先に歌詞と楽譜の存在を聞いて回った。親会社の西鉄、古賀政男記念館(大川市)、サトウハチロー記念館(岩手県北上市)、レコード会社。「古書店で当時の野球雑誌も買い集めたが、手掛かりはありません」。3度の日本一を誇る西鉄ライオンズと比べると、クリッパースは情報自体が少なく、影が薄い。

 西鉄の「百年史」には、確かに「サトウハチロー作詞、古賀政男作曲による『西鉄クリッパースの歌』も定めた」とある。西鉄にあらためて尋ねたが「資料は残っていません」。

 本紙の過去の記事を検索し、図書館で関係書を探したが成果はゼロ。70年前、1949年といえば日本は米占領下で、国鉄に絡んだ下山事件や三鷹事件が起き、中華人民共和国が建国した年だ。歴史の中に埋もれたのか、と断念しかけたが、古賀政男記念館が「東京の古賀政男音楽博物館に尋ねてみては」と助言をくれた。古賀関連の資料を多数収めている同博物館へ祈るように電話すると、「残ってますよ。直筆の楽譜と、サトウ氏直筆の歌詞も。再録ですが音源もあります」とあっさり教えてくれた。

 東京へ飛んだ。古賀邸があった渋谷区上原の同博物館で、主任学芸員の宮本紘視さんが楽譜を見せてくれた。譜面の最上部には「西鉄野球団歌」の文字がある。「野球好きで、『ホームラン・ソング』という曲も作った古賀ですが、プロ野球の球団歌はこの1曲のみのようです」と宮本さんは説明する。「地元球団の誕生に喜んで曲を書いたのではないでしょうか」

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最終更新:4/24(水) 9:59
西日本新聞

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