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村田諒太、進退かける 7・12ブラントと再戦「これで負けるようならプロとして価値はない」

4/26(金) 6:05配信

スポーツ報知

◆報知新聞社後援 ▽プロボクシング WBA世界ミドル級(72・5キロ以下)タイトルマッチ12回戦 王者ロブ・ブラント―同級3位・村田諒太(7月12日、大阪・エディオンアリーナ大阪)

【写真】村田諒太、パワーは家族団らん

 プロボクシング前WBA世界ミドル級王者の村田諒太(33)=帝拳=が25日、都内のホテルで会見し、7月12日にエディオンアリーナ大阪で同級王者ロブ・ブラント(28)=米国=とタイトルマッチ(報知新聞社後援)を行うと発表した。来日したブラントの横で「これが僕にとって最後の試合になるのか、もっと村田を見たいと言ってもらえるのか、ジャッジメントされる」と強調。王座返り咲きとともに進退をかけたリマッチに挑む。

 闘争本能が目を覚ました。昨年10月の米ラスベガスでのV2戦で敗れたブラントと対面した村田は、写真撮影で約15秒、目を血走らせ、にらみ合った。失意の王座陥落から187日。「正直、会いたくなかった。屈辱的な経験をさせられた相手を前に平常心なわけがない」と敵意をにじませ、「これで負けるようならプロとして価値はないと思っている」と背水の覚悟を示した。

 2度目のリターンマッチ。2017年8月、当時の王者アッサン・エンダム(フランス)との再戦発表時は互いに笑顔で写真に納まった。微妙な判定での敗戦から再戦が決まった経緯もあり、両者とも認め合う雰囲気があった。現時点の心境を「完全に負けた試合のリマッチと、エンダムの時とは感じていることは少し違う」と吐露。ブラントこそが因縁の相手なのだ。

 いいところなく、ブラントにベルトを奪われ、「終わった瞬間は、やめようという気持ちが大きかった。98%くらい、ほぼやめようと」というドン底から、昨年12月に「あのボクシングで終えたくない」と現役続行を表明した。王座返り咲きを目指すリベンジマッチだが、「僕にとって最後の試合になるか、それとも『村田をもっと見たい』と言ってもらえるかどうか。それをジャッジメントされる試合」とボクサー人生をかけた戦いと位置づけた。

 前回のブラント戦は「下半身を使い、踏み込んで打つ基本ができてなかった」ため、相手の攻勢を許し、連打を浴び続けた。宿敵と会見に臨み「具体的な策は言いたくない」と戦略について口をつぐみ、「同じファイトをするつもりは全くありません」と宣言した。

 9か月ぶりの復帰戦がいきなり世界戦というタフな展開に「なかなかチャンスが来ない階級だし、このタイミングでやれるのは運命的」と前向きにとらえる。帝拳ジムの浜田剛史代表(58)は「今回は、内容は関係ない。とにかく勝てばいい」とハッパをかけた。

 「次負けたら辞めていいからね。だからやってよ」と現役続行を後押ししてきた長男・晴道君(7)にも報告した。村田は「これが最後と思うといい意味で日々、緊張感がある。絶対勝つ。そこにフォーカスする」と腹をくくった。日本初の五輪金メダリスト出身の世界王者というボクシング史に大きな足跡を残した平成の時代も残り4日。しかし村田の物語はまだ終わらない。(飯塚 康博)

 ◆村田―ブラント戦VTR

 序盤からブラントがジャブ、フックの素早い連打、上下の打ち分けで攻め、村田はガードを固めた。5回、自分の距離をつかみ始めた村田は右ストレートで相手をよろめかせ、ボディーで追撃。6回も得意の右を上下に打ち分け、圧力をかけた。分が悪いブラントは相手の打ち終わりを狙い、反撃をストップ。足さばきと柔らかい上体の動きで追撃をかわした。村田は空振りが目立ち、距離を定められず。終始、ブラントの手数、足は止まらなかった。ブラントは1262発のパンチを繰り出して356発(28%)を的中させ、村田は774発中180発(23%)。的中数は倍近い差があった。

 ◆村田 諒太(むらた・りょうた)1986年1月12日、奈良市生まれ。33歳。中学1年でボクシングを始め、南京都高(現・京都広学館高)で高校5冠。東洋大、同大学職員で全日本選手権優勝5回。2011年世界選手権で日本勢史上最高の銀メダル。12年ロンドン五輪ミドル級で日本勢48年ぶりの金メダル。13年8月にプロデビュー、17年10月にWBA王座奪取。18年4月にミドル級では日本人初の防衛成功。同10月のV2戦で王座陥落。身長183センチの右ボクサーファイター。家族は妻と1男1女。

最終更新:4/26(金) 8:17
スポーツ報知

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