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【特集】「命あるうちの救済を」 建設アスベスト訴訟、肺がん患う原告の訴え

4/25(木) 15:50配信

MBSニュース

建設現場でのアスベストによる健康被害をめぐる裁判は2008年以降、全国各地で行われ、地裁・高裁あわせて10件連続で国に対して原告が勝訴しています。ところが、国は依然として争う姿勢を崩しておらず、いずれの裁判も終結していません。「命あるうちの救済」を訴え、病気と闘う原告の姿を追いました。

アスベストで肺がんを発症、再発繰り返す

去年9月、アスベスト被害をめぐって大阪高裁が原告の全面的勝訴の判決を言い渡した日、国や建材メーカーからの賠償が認められた原告の中で、たったひとり笑顔をみせない男性がいました。

「私も含めてですが、明日の命もわからない状態のなかで裁判が進んでおりますが、国にあるいはメーカーに申し上げたいのは、もう裁判はやめていただきたい」(西岡浅夫さん ※当時の記者会見)

しかし、原告の訴えは届きませんでした。会見からまもなく、国とメーカーは判決を不服として最高裁に上告しました。

西岡浅夫さん(76)は、妻と2人で大阪府守口市で暮らしています。西岡さんは13年前にアスベストが原因で「肺がん」を患いました。その後、再発を繰り返し、治療法はもうないと医者から言われています。

「この病気になって初めて死のこわさを知ったね。ただ死がこわいだけで生きているのが本当の現状」(西岡浅夫さん)

西岡さんは約60年前に大工の仕事をはじめ、その後独立し、多くの家を建ててきました。アスベストの存在すら知らず、現場で指示がなかったためマスクをつけずに仕事をしてきました。がんになり体重は20キロ以上減り、今はたったの40キロ。歩くのもつらいため、外に出ることはほとんどありません。

「自分の自由でいつでも出て行けるのが一番幸せ。健康が一番幸せ、お金も大事やけどね」(西岡浅夫さん)

裁判が終結する前に亡くなる原告

西岡さんが裁判を起こしたのは8年前。建設現場でアスベストを吸い込み健康被害を受けた18人とともに、国と建材メーカーを相手取り闘ってきました。一審の大阪地裁では原告側が勝訴。「国がマスク着用などの規制を怠った」と国の責任を認めました。そして二審では大阪高裁が和解を勧告しましたが、国とメーカーがこれを拒否。結局、二審でも原告側が全面的に勝訴。国とメーカーは総額約3億3900万円の賠償を命じられましたが、最高裁に上告しました。西岡さんは3年前に余命1年と宣告されました。提訴から8年、終わりの見えない闘いが続く中、共に闘ってきた6人の原告患者が亡くなりました。

「国自体がみな知っているはずなんですよ、(原告が)亡くなっていることも。亡くなることがわかっていても、救いの手を差し伸べてくれない」(西岡浅夫さん)

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最終更新:4/25(木) 15:50
MBSニュース

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