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「かわいい」が分からなくなった平成の若者たち。ZOZOやSNSが奪ったモノは何だったのか。

4/25(木) 12:09配信

ハフポスト日本版

ファッションは、いつも時代の空気を反映しているーー。

昭和63年に『ViVi』(講談社)編集部に入り、その後、平成とともにファッション編集者としてのキャリアを歩んできた軍地彩弓さんは、平成のファッション史を語る上で、ZOZOTOWNの出現は大きい、という。ブランドの文脈や背景も関係なく、すべてのアイテムが“座標上”に置かれるプラットフォームの存在は、若者のファッション感覚をどう変えたのか。

軍地さんがハフポスト日本版に寄稿した。
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ファッションは昭和後期から平成の時代、ある種の「自己表現方法」として機能してきました。ボディコン、渋カジ、コギャル、裏原系、コンサバ、ゴスロリ、原宿Kawaii系……。どんなファッションスタイルを選ぶのかによって、その人の価値観やマインドが表現されていたのです。

それが2010年代になると、SNSの普及によって、自己表現の手段は多様になりました。「いいね!」数やフォロワー数で、「どれだけ評価を得ているのか」が可視化され、自己承認欲求を満たすツールとして機能するようになった結果、「自己表現としてのファッション」の役割が弱くなっているように感じます。

情報収集も容易なものとなり、テクノロジーやツールの進化によって、人々とファッションとの関係性も大きく変わりました。「手軽さ」「便利さ」と引き換えに私たちが失ったものは、なんだったのでしょうか。

SNS時代の到来で存在価値を見失ったファッション誌

2008(平成20)年、TwitterとFacebookが日本語版サービスを開始し、2010(平成22)年にはInstagramが全世界でサービスを開始。さらにはTikTokやツイキャスといったプラットフォームも登場し、個人が自由に表現することでフォロワーが集まるようになりました。今も人気の雑誌はありますが、部数は確実に下がりました。あえて「ファッション誌」という媒体を介在させる意味合いが薄れてきたのです。

こうした時代の変化によって、ファッションもその存在意義を問われています。一言で言ってしまえば、SNSとインターネットの登場によって、ファッションは「均質化」の波に襲われました。

最近でも、平成当初と現在との入社式の様子を比べ、驚くほど新入社員の格好が均質化していることが話題になりました。就活している学生たちのファッションも、皆一様に黒スーツにタイトスカート、白シャツ、同じバッグに同じ靴……前髪を流す角度さえも。

いまや女性社員の服装は「自由」とされ、選択肢は増えました。だからこそ、他人より目立ったり、ずれたりすることへの恐怖心も大きくなっていったのです。多くの若者が「わかりやすいルール」や「正解」を求め、自らファッションにおける「制服化」を望む傾向を感じます。

試しにInstagramで「#オフィスカジュアル」「#オフィスコーデ」と検索をかけると、似たようなシルエットや丈感、テイストのコーディネートがズラリと並んでいます。

アルゴリズム上多くの人が目にする記事や「いいね」を集める投稿によって形作られた「正解」が、多くの人にとってのお手本になり、「無難なオフィスカジュアル」を量産する結果となったのです。

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最終更新:4/25(木) 12:09
ハフポスト日本版

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