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ポルシェ917 vs フェラーリ512S│メーカーの威厳を賭けた戦い

4/26(金) 12:20配信

octane.jp

1970年と71年の2年間、国際メーカー選手権は5リッターを上限とする強力なエンジンのマシンの間で戦われた。その主役となったのがポルシェ917とフェラーリ512S。それぞれメーカーの威信を賭けて戦ったこの2台は、よきライバルとしてモータースポーツファンの脳裏に深く刻まれている。

ポルシェ917 vs フェラーリ512S│メーカーの威厳を賭けた戦い(写真6点)

1969年、ポルシェとフェラーリは一騎打ちの様相を呈していた。ポルシェは908で、フェラーリは312Pで、プロトタイプスポーツカーによる耐久選手権の座を争おうというものだった。久しぶりに同じ土俵でチャンピオンシップを争うということで周囲の期待は高まったが、残念ながら結果は、前年からレースを戦い、問題点を克服しつつあった908を前にしては歯が立たない312Pであった。しかし、このシーズンに入る以前から両社は別のところに目を向けていた。69年以降のグループ4スポーツカーの生産義務台数が50台から25台に緩和されるというレギュレーション改訂が68年の内に発表されたからだ。

この新規定に対するポルシェの動きは素早かった。瞬く間に25台の生産義務を果たし、69年3月のジュネーヴ・ショーには4.5リッター水平対向12気筒エンジンを積む917を公開したのである。917は5月のスパ1000㎞を皮切りに4戦に参加、最終戦では初勝利を飾っている。いっぽうのフェラーリは4月に、翌70年をグループ4で参戦することを発表した。5リッターV12エンジンを積む512Sは「今度こそ!」のフェラーリ・ファンの期待を担ったが、やはりつまずいた。

労働争議や経済状態といったお家の事情が生産を遅れに遅らせ、正式にホモロゲートが降りたのは70年初戦当日という有様だったのだ。同じ新規定のもとでスタートを切りながら、迅速なマシン開発と間髪入れぬレース参加でさっそく問題点を洗い出し、対策を講じて新シーズンに臨んだポルシェと、ぶっつけ本番に等しい形で初戦を迎えたフェラーリでは、勝敗の行方は明らかであった。

ポルシェは初年度で浮き彫りになったリアの不安定な動きを空力的に安定させる、跳ね上がったテール形状の917Kを新シーズンに投入したことに加えて、レースマネジメントをかつてフォードに念願のチャンピオンシップをもたらしたジョン・ワイヤに託したことが奏功して、70年シーズンを完全制覇したのである。ポルシェに対してほぼ1年遅れの感が否めなかった512Sは、それでもフェラーリの豊富なドライバーを大挙投入するなどして果敢に戦いを挑み、セブリング12時間では見事な勝利を挙げたのは、むしろ快挙といってもよかった。

しかしそのあとの512Sは、ダウンフォースの欠如、重すぎる重量といった問題に悩まされ、勝利は得られなかったものの、そうした弱点が顕著にならないサーキットでは、917を上回る速さを見せることもあった。シーズン後これらの問題は徹底的に分析され、翌71年シーズン用の512Mに対策が盛り込まれた。

中でも71年から参加した強力なプライベート、ロジャー・ペンスキーのチームは独自の手法で512Mにさらに改良の手を加え、彼らの地元アメリカで行われるレースでは完全にポルシェを打ち負かすスピードを身につけていた。彼らの活躍は、おそらくポルシェも一目を置くほどのものだったのだろう。のちにポルシェがCan-Amに本格的に挑戦した際にはペンスキー/ダナヒューのコンビに、開発からレースマネジメントまで、すべてを任せたほどである。

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最終更新:4/26(金) 12:20
octane.jp

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