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フジテレビで夢を追うも二度挫折。台湾で超人気アイドルになった三原慧悟の逆襲

4/26(金) 11:30配信

新R25

フジテレビ社員を続けつつ、アイドルを目指す日々がスタート

ほし:
この流れで、なんで急にアイドル!?

三原さん:
僕の軸は、「自分の映像でたくさんの人を楽しませること」。

せっかくなら、自分がやりたくて面白い動画をつくろうと思って、「25歳からアイドルになるプロジェクト」を始めたんです。

自分の人生を題材にして、面白いコンテンツを世の中に発信しようと。

ほし:
「自分がやりたくて」ということは、以前からアイドルになりたいって思いがあったんですか?

三原さん:
僕はもともと木村拓哉さんに憧れていたんです。

スポットライトを浴びて、女子にキャーキャー言われるのってうらやましいじゃないですか。

ほし:
でも、そこから実際に台湾でアイドル活動をしているんですもんね。全然バカにできない…どうして台湾を拠点にしたんですか?

三原さん:
僕がYouTubeを頑張ろうと思ったときには、すでに日本のYouTube界は飽和状態でした。

ルーキーが注目を集めるのはすごくハードルが高いし、研究する時間も必要になる。

ほし:
たしかに…今もHIKAKINさんを超えるような超新星YouTuberは出てきていないですもんね。

三原さん:
そう。だったら、日本人YouTuberが少ない“世界の穴”を探したほうがいいなと考えたんです。

そこで注目したのが台湾。僕自身が好きだったこともあり、実際にYouTube界についても調べてみました。

そしたら、4つのポイントで可能性があると思ったんです。

・台湾のYouTube界がまだ発展途上

・親日国なので日本人が受け入れられやすい

・台湾で日本の情報を発信している人が少ない

・日本語を習得したい台湾人も多い

これなら活躍できる可能性が高いだろうと思って、台湾で活動してみようと決めました。
ほし:
この条件を見れば確かにブルーオーシャンかも…でも三原さん、肝心の中国語は話せたんですか?

三原さん:
いえ、別に話せなくてもGoogle翻訳とかあるし、なんとかなるだろうと思ってました。

語学力0からでも余裕で挑む強者。今ではようやく一般会話レベルになったそうです
台湾でビラ配りからスタート、半年後には大歓声を浴びるほどのアイドルへ

ほし:
中国語もまったく話せない状態で、まず何から始めたんですか?

三原さん:
「とりあえず現地行かなきゃ始まらないでしょ!」ってことで台湾に行きました。

当時の台湾ではまだYouTubeよりFacebookが流行っていたので、急いでFacebookのページをつくって、QRコードをプリントしたビラを配りまくってましたね(笑)。

台湾人の友人がいたので、「台湾でアイドル目指します!」っていう紹介文をつくってもらって。

ほし:
めちゃめちゃアナログ。

三原さん:
そこからは毎日、「日本語紹介コント」や「やってみた」などを投稿していました。

フジテレビ時代に毎日面白い企画を考える習慣とネット動画を研究していたせいか、たびたびバズらせることができました。

それに、当時の台湾YouTuberには毎日配信している人がいなかったので、かなり新鮮だったようです。

半年で3万人以上のフォロワーを集めることができました。

ほし:
すごい…日本のYouTuber界では当たり前だったことが、台湾ではまだチャンスポイントだったと。

三原さん:
そうです。そして、活動を始めて半年くらいたったとき、「アイドルらしくライブやろう!」って無料ライブを台湾で開催してみました。

そしたらファンが100人弱も来てくれたんですよ!

もう僕が舞台に出るだけで「キャー!」「ワー!!」って歓声が上がったんです。それに感動してしまって。

すぐに「俺は台湾でトップアイドルになる!」って決心して、この興奮が冷めやらないうちに帰国した翌日に、部長に辞表を提出しました。

冷静になると怖くて決断できないと思ったので。

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最終更新:4/26(金) 11:30
新R25

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