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「お笑いビッグ3」がトップに君臨し続けた30年。日本のお笑い界は「停滞」したのか?

4/29(月) 14:25配信

ハフポスト日本版

お笑い番組などを見ていてよく聞かれるのが「上が詰まっている」という言葉だ。
不動の人気を誇る大御所芸人たちがゴールデンタイムのテレビ番組に出演し続け、「若手」の年齢は上昇し続けている。令和を迎えても、「上が詰まっている」状態はずっと続くのか。お笑い評論家のラリー遠田さんが、ハフポスト日本版に寄稿した。

平成が終わり、令和という新しい時代を迎えようとしている今、改めて平成のお笑いを振り返ってみると、頂点に立っている芸人の顔ぶれがほとんど変わっていないことに気付く。タモリ、ビートたけし、明石家さんまの「お笑いビッグ3」は、平成が始まる頃にはすでに押しも押されもしないテレビのトップスターだった。そして、平成が終わろうとしている今も、レギュラー番組を多数抱えて根強い人気を誇っている。

だが、その点だけに目を奪われて「平成のお笑い界は停滞していた」と考えるべきではない。確かに、彼らの人気や地位はずっと変わっていないのだが、それ以外の部分では大きな地殻変動が起こっている。平成の終わり、その「地殻変動」とは一体どのようなものなのか、振り返ってみたい。

ビッグ3にとって、平成は「苦難」を乗り越えた時代でもあった。

前述の通り、平成の30年間を通して「お笑いビッグ3」の覇権は揺るがなかった。だが、そんな彼らも平成に入ってからは苦難の時期を迎えていた。

もともとアイドル的な人気を誇っていた明石家さんまは、1988年に女優の大竹しのぶと結婚して以来、「守りに入って面白くなくなった」などと叩かれるようになり、平成の初め頃には人気を落としていた。一方、ビートたけしは1994年にバイク事故を起こし、約半年間の休業を余儀なくされた。

そんな中で、この時期に新たに台頭してきたのが、とんねるず、ウッチャンナンチャン、ダウンタウンなどの「お笑い第三世代」と呼ばれる芸人である。彼らは自分たちと年齢の近い若者世代に絶大な支持を得て、「若者のカリスマ」として勢力を拡大していった。

たけし、さんまらが出演していた『オレたちひょうきん族』(1981~1989年)のあとに続く形で、彼らはフジテレビで『とんねるずのみなさんのおかげです』(1988~1997年)、『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』(1990~1993年)、『ダウンタウンのごっつええ感じ』(1991~1997年)などの冠番組を持っていた。これらはいずれもコントを中心にした本格志向のお笑い番組だった。この時代には、「フジテレビのゴールデンタイムに冠番組を持つこと」が芸人としての成功の証だと考えられていた。

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最終更新:4/29(月) 18:10
ハフポスト日本版

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