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国民寄り添った平成流 尽きぬ感謝 行幸の記憶 農家励みに

5/1(水) 12:03配信

日本農業新聞

 天皇陛下が30日、退位された。皇后さまと共に国民に寄り添い続けて30年。相次ぐ災害による被災者や戦後の開拓農家らを励まされてきた。お二人の姿や言葉に触れた農家らは、それぞれの思い出を振り返るとともに「ゆっくりお過ごしください」と、気遣いの言葉を口にした。

生きる力もらった 栃木県那須町 中込さん

 栃木県那須町の千振(ちふり)地区には戦後、旧満州(中国東北部)から引き揚げた人たちが切り開いた牧場や農地が広がっている。天皇、皇后両陛下は千振開拓農業協同組合を、2005年と15年の2度訪問。初期に入植した中込敏郎さん(92)が05年の案内役を務めた。

 戦後60年の05年の訪問では、開拓記念碑の裏にある開拓民の名前を皇后さまが指し示して質問された。「一人一人の人生を知ろうとしてくれた」と中込さん。「天皇陛下は控えめで、皇后さまがよく質問して私たちの心を解きほぐそうとされていた」と振り返る。

 陛下の思いを強く知ったのは帰京後のこと。御製の歌に中込さんは感動した。「たうもろこしの畑続ける那須山麓 かの日を耐へし開拓者訪ふ」。旧満州と千振地区のつらかった開拓人生への共感を「かの日を耐へし」という言葉に込めてもらったと感じたという。

 戦後70年の15年は、両陛下の希望で再訪が実現した。住民ら8人が両陛下と懇談。すると旧満州の小学校で学んだ国語の教科書の話題になった。中込さんが「サイタ サイタ サクラ ガ サイタ」と言うと、天皇陛下がほほ笑みながら「それ私も読んでいましたよ」と返されたという。

 中込さんは「同じ教科書で学んだ者同士、心が通った気がした」と話す。また「天皇、皇后両陛下との交流は心が温まり生きる力をもらった。これからはお二人でごゆっくりお過ごしください」と、両陛下との交流に感謝している。

傾聴のお姿 感動 JAみやぎ亘理の岩佐前組合長、イチゴ農家の浅川さん

 宮城県のJAみやぎ亘理の岩佐國男前組合長と同県亘理町のイチゴ農家、浅川一雄さん(70)は2011年、東日本大震災による津波で甚大な被害を受けたイチゴ産地の代表として皇居で天皇皇后両陛下に拝謁(はいえつ)した。拝謁は予定時間を大幅に超え、岩佐前組合長と浅川さんは「産地の現状や今後の考えを直接聞きたかったのだろう」と振り返る。

 2人は同年12月16日、JA全中の萬歳章会長と冨士重夫専務、JA宮城中央会の菅原章夫会長(いずれも当時)と共に拝謁した。両陛下には浅川さんが震災後に栽培したイチゴの「とちおとめ」と「もういっこ」を1箱ずつ渡した。

 皇居では木製の椅子に腰掛け、両陛下と1メートルほどの距離で膝を突き合わせた。萬歳会長や岩佐組合長(当時)が被災地の状況などを説明し、浅川さんが補足する形で拝謁が進んだ。当初10~15分の予定だったが、30分ほど行われた。両陛下が被災地の生活や営農面に強い関心を持たれていたためとみられる。

 岩佐前組合長によると天皇陛下から「大災害なので地域の皆さんで力を合わせて乗り切ってください」と声を掛けられたという。

 浅川さんは両陛下への拝謁を振り返りながら「体力も大変かと思う。これからは上皇としてゆっくり過ごしていただきたい」と話す。

最終更新:5/1(水) 12:03
日本農業新聞

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