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スパコン世界最速を巡る競争、「ポスト京」の勝算

5/3(金) 11:38配信

ニュースイッチ

日米間で火花

 2021年ころに世界最速を目指す次世代スーパーコンピューター(スパコン)「ポスト京」の製造が始まった。理化学研究所と富士通の共同開発により、11年に世界最速の座を射止めた「京」の後継機で、エクサ(100京)スケールの計算能力を射程に入れる。スパコンはハイテク競争の象徴。令和に至る平成30年間はコンピューター開発の頂上決戦として、日米間で火花を散らしてきた。

<ベクトル時代 米クレイが先駆者>
 90年代前半―。パソコンは16ビットから32ビット機へのシフトが本格化し、業務用では64ビットの縮小命令型(RISC)プロセッサーが登場するなど、コンピューター業界は活気づいていた。

 当時、スパコン商戦は多数の演算を一括処理するベクトル型の専用プロセッサーが全盛期にあり、米クレイが先駆者として名をはせていた。その後、汎用プロセッサーで構成するスカラ(並列処理)型が台頭し、スパコンの勢力図はスカラ型へとシフトした。

 ベクトル型にこだわったのはNEC。半年ごとに更新されるスパコンの性能評価ランキング「トップ500」で、NECが海洋研究開発機構に納入した「地球シミュレータ」が02年に断トツで1位となり、2年半に渡り世界1の座に君臨した。

 地球シミュレータは日本の実力を世界に知らしめたが、04年に米IBMに1位を奪取されてからは、日本勢はスパコンの性能番付の上位からは遠ざかった。スパコンは開発投資が膨大なことから“金食い虫”ともやゆされていた。

<京速時代 基幹技術、位置付け明確>
 日米再逆転から7年―。理研と富士通が共同開発した“京速マシン”がトップ500で、1位の座を射止めたのが11年。京の開発を巡っては、政府の事業仕分けで「2位ではだめなのか」と、やり玉に挙がった。これには日本の歴代のノーベル賞受賞者5人がそろって抗議し「2位ではどうか、とは愚問。科学や技術を全く知らない人の言葉だ」と指摘するなど、国家基幹技術としてのスパコンの位置付けが明確となった。

 スパコンの心臓部であるプロセッサーの開発は、微細化によるトランジスタの集積度の向上と、消費電力をいかにコントロールするかが課題となる。富士通の本車田強AI基盤事業本部プロセッサ開発統括部長代理は「ムーアの法則(集積度が1年半―2年ごとに2倍になる)に沿って進展する一方で、周波数は消費電力に伴う問題で05―07年ころに頭打ちとなった」と指摘する。

 これを受けて、プロセッサーの技術進化はマルチコア(複数回路)化や、一つの命令を同時に複数のデータに適用する「SIMD」方式の拡充へとシフト。さらに10年代からは画像処理半導体(GPU)などのアクセラレーターが台頭した。

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最終更新:5/3(金) 11:38
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