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小出義雄さん、Qちゃん「びしょびしょ」号泣秘話を明かしていた…生前最後のインタビュー

5/4(土) 18:40配信

スポーツ報知

 4月24日に肺炎のため80歳で死去した陸上長距離女子の名指導者・小出義雄さんの生前最後のインタビューが、4日放送のTBS系「バース・デイ」(土曜。後5時)で詳しく紹介された。

 2000年シドニー五輪マラソンの金メダリスト・高橋尚子さん(46)が大きく飛躍することにつなかった、前年の世界選手権「棄権」について、小出さんは亡くなる2か月前のインタビューで赤裸々に語っていた。

 1999年にセビリアで開催された陸上世界選手権。マラソンのレース8日前、高橋さんは左膝を痛めた。その日は休んだものの「欠場することはないです。1%も考えてない」と話し、レースの前日まで走っていた。しかし当日朝、小出さんの決断で棄権した。

 「本人は当日の朝まで走るつもりで、朝起きてからユニホームを2枚持ってきて『どっちで走りますか?』って来た。『まあ座れ』と…。緊張してたよ。『おまえな、強くなったな。しかし今回は棄権しろ』って言ったら、ウオーって、もうこのぐらい(床のあたりを両手で示しながら)びしょびしょ。鼻はずるずる。あとで笑い話だけど、おまえの鼻は脳みそが溶けて鼻から出てるのかって言った」と小出さん。ここで棄権はするが、その代わりに「オリンピックで必ず世界記録、大会記録を出す。将来、地球上で、女で2時間20分を切るのを一番最初にしてやる」と約束したという。

 その約束どおり、高橋さんは翌年のシドニー五輪で大会記録で優勝。01年にはベルリンマラソンで2時間19分46秒の世界記録(当時)を達成した。

 セビリアで棄権を決めたときの小出さんの言葉は、高橋さんも鮮明に覚えており、番組のインタビューで再現した。小出さんは「今、8合目まで山を登ってきたんだ。でも吹雪になった。このまま行き続けても、ゴールをして頂上になったときに見える景色は吹雪だ。人は心配するし、命を落とすかもしれない。自分の満足だけで登ることを決めるのではなく、1回ここは下りて、またもっと大きな山を登らせてやるから」と高橋さんにじっくり説いたという。「世界陸上を棄権するということは、もっと大きな山はひとつしかない。私の心が動くまで話をしてくださったから、前を向けた」と高橋さんは振り返っていた。

最終更新:5/4(土) 18:58
スポーツ報知

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