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BLANKEY JET CITYの『C.B.Jim』はロックファンのバイブル的アルバム

5/4(土) 18:00配信

OKMusic

OKMusicで好評連載中の『これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!』のアーカイブス。今回はロックファンのみならず、多くのアーティストにも衝撃を与えたBLANKEY JET CITYの3rdアルバム『C.B.Jim』を紹介する。浅井健一(Vo& Gu)、照井利幸(Ba)、中村達也(Dr)の完璧なトライアングルーー。この3人がフロントを張っているからこそ生まれる一触即発のスリリングな演奏は、類を見ないもので、楽曲、ビジュアル、全てが1本の線でつながる美学があるBLANKEY JET CITYは、聴く人のライフスタイルや考え方にまで影響を及ぼす憧れの存在だった。そんなバンドだからして、どのアルバムから聴いても彼らのすごさは伝わると思うが、後世まで語り継がれるべき名曲「悪いひとたち」やライヴで圧倒的人気を誇っていた「PUNKY BAD HIP」「D.I.J.のピストル」が収録されている『C.B.Jim』はやはり、はずせない名盤だと思う。
※本稿は2015年に掲載

胸を焦がす衝動性とロマンティシズムを兼ね備えた完璧な3ピースバンド

BLANKEY JET CITYとの出会いはライヴではなく、TVだった。BEGINやたま、人間椅子など数々の個性的なバンドを輩出した人気番組『三宅裕司のいかすバンド天国』(通称イカ天/1989年~1990年)に出演した彼らを初めて観た時は、TVでSEX PISTOLSを初めて観た時に勝るとも劣らない衝撃を受けて鳥肌が立った。

このバンド対決番組で、彼らは毎週、勝ち抜いていき、第6代グランドイカ天キングの座を獲得。レコード会社争奪戦の末、1991年に東芝EMIからメジャーデビューを果たすのだが、当時はこんな切迫感のある尖ったロックバンドがTVのオーディション番組に出演したこと自体も不思議だった。のちに取材した時に尋ねたら、東京でライヴハウスで演奏していたものの、すぐには動員が増えず、TVに出ることを思い付いたみたいなことを語っていて納得した覚えがある。

物理的な意味ではなく、彼らには時間がなかったのだ。もちろん、ライヴハウスに出演し続けていても噂が噂を呼び、いづれカリスマ的人気を得ることになっただろうが、BLANKEY JET CITYには自分たちのやっている音楽は世界一カッコ良いぐらいの根拠のない自信があったはずだ。ロックバンドはそうでなくてはいけない。若い時期の1年後は途方もなく遠い先のことのように思えるものだ。切迫しているということはそういうことでもある。

BLANKEY JET CITYの魅力は書くとキリがないが、まずロカビリーやパンクをルーツに持ったバンドで浅井健一のような歌詞を書くアーティストは後にも先にもいないだろう。ぶっとんでいて、ヒリヒリしていて、ユーモアもあって、夢がある。バンド名は浅井の空想の中の“架空の都市”のことであり、歌詞にはその街に暮らす愉快な人間や動物がたびたび登場するのだが、それらがアニメーションや映画のように生き生きと動き出す表現力が素晴らしく、作詞家というより詩人である。このあたりもBLANKEY がミュージシャンのみならず、クリエイターに大きな影響を与えたひとつの要因であるのではないか。

そして、そんな浅井の世界観を理解し、共有する照井と中村はソングライターでもあり、センシティブな感性とロックの衝動性を合わせ持つリズム隊であった。ライヴで絶妙なタイミングで発せられる中村達也のシャウトと熱いドラミングは演奏を加速させ、ストイックでクールな照井利幸のベースのフレーズは、BLANKEY の情緒の部分も担っていた。よく彼ら3人は綱渡りのような関係だったと評されているが、そうだとしたら、冒頭に書いたように3人の美意識が一致していたゆえのことではなかっただろうか。それは彼らの佇まい、趣向性にもよく表れている“レザー、タトゥー、バイク”と思うが、似た者同士だからこそ、いわゆるムードメーカー的存在のメンバーはいなかったし、だからこそ、瞬間、瞬間をフルスロットルで駆け抜けていくようなライヴバンドであり続けたのだと思う。デビューから2000年の解散まで何度もライヴを観たが、MCがないにもかかわらず、彼らが水を飲む姿を目にした記憶はない。

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最終更新:5/4(土) 18:00
OKMusic

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