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【愛媛から伝えたい】ダムに殺されたのか? 「千年豪雨時代」に生まれ変わるダム

5/7(火) 16:15配信

南海放送

 西日本豪雨から間もなく1年。愛媛県では、野村ダム(西予市)と鹿野川ダム(大洲市)の緊急放流で肱川が大氾濫を起こし、ダムの下流域である西予市と大洲市で計8人が死亡しました。ダムの緊急放流と下流域の浸水被害との関連が、今なお住民の大きな心の重荷になっています。被害1か月後の住民説明会では「ダムに殺された」との悲痛な訴えも聞かれたほどです。ダムは本当に住民被害の“加害者”だったのでしょうか?
 一方でダムも地球規模での気象変化に対応する形で、構造そのものも変わろうとしています。愛媛県のダムに「トンネル洪水吐(こうずいばき)」と呼ばれる全国で初めての施設が完成し、今年の雨季に備えています。

 専門家の分析の結果、西日本豪雨は愛媛県に千年に一度の豪雨をもたらしたことが判りました。「過去」を検証し、その教訓を「未来」へとつなぐために──。愛媛県で始まった『千年豪雨時代に生きる』ための新たな備えや試みを地元メディアである南海放送が伝えます。

“肘”のように曲がった“暴れ者”「肱川」

 愛媛県西予市と大洲市にまたがる肱川は、上流に野村ダム、下流に鹿野川ダムの2つのダムを持ちます。
 肱川は、歴史的に流域の住民を苦しめ続けてきました。肱川流域で洪水が多い理由の1つは、その地形です。盆地で、小さな河川の水流が肱川に集中して流れ込み、“肘”のように大きく弯曲した肱川の形状は、その川幅の狭さも手伝って氾濫しやすい性質を持ち、平成7年に大規模な洪水被害をもたらした他、平成16年、平成17年、平成23年と度々、流域で浸水被害を生みました。
 そして去年の7月、千年に一度と言われる豪雨災害「西日本豪雨」が、肱川を襲ったのです。

安全基準値の6倍の放流

 雨が続いたため、野村ダムへの流入量が7月7日未明から徐々に増え始め、午前7時40分にピークの1942トンに達しました。一方、放流量は流入量に“耐える”形で、下流域が安全とされる毎秒300トン前後で操作されていました。しかし午前6時20分、ダムが満水に近づいたため、「異常洪水時防災操作」に踏み切り、その結果、ピーク時の午前7時50分には安全基準値の約6倍にあたる毎秒1797トンが放流されました。

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最終更新:5/7(火) 16:49
南海放送

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