ここから本文です

ゴマシオ編集長のつぶやき 九十五言目『「令和」が良いトシになります様祈ります』

5/9(木) 21:50配信 有料

バトル・ニュース

 今、平成31年4月30日「平成のプロレス仕掛人・永島」は30年の歴史、しかも波乱含みの系譜を思い出しながらペンを握っている。と同時に新時代「令和」のことを思い描きながら筆を進めてみよう。

 平成元年に、プロレス界初めての東京ドーム進出を成功させた。「日米ソ三国対抗・闘強導夢」猪木対柔道金メダリストのショータ・チョチョシビリ戦と題した。ある意味では俺と猪木の大きな賭けでもあった。ソ連のアマレス王者をプロに転向させ、来日も実現したが、これは半端じゃなかった。15回は訪ソしてアノ手コノ手で口説き落したんだ。大詰めではマサ斉藤・長州・馳・橋本も参加させ、ソ連の石頭を砕いたものだ。
 猪木VSショータの試合は、俺が勝手にリングロープを外し「円形リング」を造るという大バクチもやったな。今では信じられないだろうな。イベントの結果は5万人の大観衆を集めて大成功した。99%の人が反対していただけに、俺と猪木は「してやったり」だったな。
 それ以後は定期的に東京ドームで興業をやるようになったが、まあ俺が印象に残っているのはUWFインターとの対抗戦かな。史上空前の6万人近い観客を集め、新日プロは莫大な収益をあげたな。これも俺が周囲の反対を押し切る形でやったものだが「すべて人が常識で考えられない事をやる」のが俺のモットーだったからね。そして猪木の引退マッチが続くか。俺が最もこだわったのは、あのモハメド・アリの出番をどうするかだったが、結局はアリがリングから聖火台まで歩くところから点火までを採用した。極めてシンプルだったが、猪木は「永島、良かった。あれでいいんだ。俺も感動した」と絶賛してくれた時は本当に嬉しかったな。

 まあ挙げればキリがないが、東京ドームという巨大な戦場をフランチャイズ化した新日プロの力は大したものと言えるだろう。 本文:1,198文字

【販売終了のお知らせ】

こちらの有料記事配信サービスは、販売を終了いたしました。

ご購入いただいた記事を読むには、こちらからログインしてください。

最終更新:5/9(木) 21:50
バトル・ニュース

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事